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【YYNewsLive】特別番組【歴史研究会2月例会】レジュメ加筆版解説!
いつもお世話様です。                         
                                   
【杉並からの情報発信です】【YYNews】【YYNewsLive】【市民ネットメデイアグループ】【インタビュー&トーク】【ネットメデイアと主権在民を考える会】【市民シンポジューム】【若者討論会】【日本国憲法・一人一冊運動】【7.21運動】【山崎塾】【憲法勉強会】【歴史研究会】主宰の山崎康彦です。

本日日曜日(2月16日)午後2時から放送しました【YYNewsLive】の詳しい台本です!

★情報遮断と情報操作で世論誘導する高額受信料強制徴収と高額報酬の【NHK】を見ずに毎日午後2時ー3時放送の真実と事実を追求する無料の国際放送【YYNewsTV】を見よう!http://p.tl/LTEn

★【座右の銘】宮沢賢治の言葉

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。

★【座右の銘】西郷隆盛の言葉

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この
始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)をともにして国家の大業は成し得られ
ぬなり」

●この放送台本は二つのブログ【杉並からの情報発信です】【杉並からの情報発信です2】に全文アップされますので是非お読みください!

1)ブログ【杉並からの情報発信です】:http://blog.goo.ne.jp/yampr7

【杉並からの情報発信です】
                                   
2)【杉並からの情報発信です2】:http://7614yama.blog.fc2.com/

【杉並からの情報発信です2】

●【YYNewsLive日本語】の放送開始は毎日午後2時からです。

The japansese broadcasting of 【YYNewsLive】starts everyday at 13:00.

●【YYNewsLiveフランス語】の放送開始は毎週土曜日午後8時からです。

L'emmission televisee de【YYNewsLive】en francais commence tous les samedis a 20:00.

●【YYNewsLive英語語】の放送開始は毎週水曜日午後8時からです。

The english broadcasting of【YYNewsLive】starts every wensday at 20:00.

■特別番組【歴史研究会2月例会】レジュメ加筆版解説!本日日曜日(2月16日)午後2時から放送しました【YYNewsLive】です!

1)No1   60分   http://twitcasting.tv/chateaux1000/movie/39691034



2)No2   43分09秒 http://twitcasting.tv/chateaux1000/movie/39704521



☆(1)今日のメインテーマ:【歴史研究会2月例会】レジュメ加筆版解説!

テーマ:                               

①【昭和天皇の戦争犯罪】

②【明治天皇すり替え】

③【伊藤博文の犯罪】

④【ヒットラー独裁体制】

⑤【都知事選総括】

⑥【救援ノート】
   
①【昭和天皇の戦争犯罪】

●天皇裕仁は1931年9月18日に開始された日本軍の中国東北地方侵略の戦争(いわゆる満州事変)から、1945年9月2日連合国に対する正式幸福に調印するまでの、一連の侵略戦争を遂行し、指導した。そのことによって裕仁は、アジアの数千万人を虐殺した。すなわち彼は、「戦争犯罪人」であり、「ファシスト」であり、「5000万人のアジア人」を殺した最大最高の元凶である。

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版より抜粋)

▲二.天皇制ファシズムの形成

テロル・クーデター・陰謀の続出と天皇

中国に対する新たな侵略が開始されるのと前後して、日本国内では、民間の右翼と陸海軍将校による政府体制変革の運動がおこった。
1930年10月、民間の右翼青年が、民政党の総裁で、時の首相浜口雄幸を狙撃して重傷を負わせた(浜口はそのため31年8月死亡する。これより先、浜口内閣は、30年4月、ロンドンにおける日英米仏伊の海軍軍縮会議で、海軍軍令部の猛反対を押し切って、日本全権に指令して軍縮条約に調印させた。ついで天皇にその批准を願い、同条約は批准された。このことを軍令部は、政府が天皇の軍隊党政権を犯したものとして、激しく政府を攻撃した。ふぃくぐん当局もそれに同調した。浜口を狙撃した青年は、この軍部の主張に扇動されたのである。
ロンドン条約問題は、陸海軍部が国政に介入する新しい段階を開いた。また一部の将校をして、かねてから主張していた「国家革新」を急がねばならないと決意させた。1931年3月、陸軍将校の一dなsンと民間右翼の一派が、クーデターによって軍部独裁内閣をつくろうとした陰謀が曝露された。それから半年後、柳条溝事件、中国東北地方侵略戦争が始められた。その後10月、再び3月事件と同一の人物たちによるクーデター陰謀が暴露された。
奇怪なことに、陸軍大臣も政府も、これらの陰謀将校を逮捕し裁判にかけようとはしなかった。それはちょうど、軍部が張作霖を殺した関東運参謀を逮捕もせず裁判にもかけず、
柳条溝事件を仕組んだ関東軍参謀たちを少しもとがめなかったのと、まったく同じである。国家の最上層部では、本書の前節で述べたように、天皇裕仁には、統帥権を犯し、勝手に外国領に出兵した朝鮮軍司令官・関東軍司令官と参謀総長をとがめず、かえって彼らを公然と称賛した。それであるのに、軍の内部で、戦争に火をつけた将校や、戦争を推進する軍部内閣をつくろうとした将校たちを、司令官や軍中央がどうして罰することができよう。したがって警察もまた、将校たちと共謀した民間右翼の指導者を逮捕するわけにはいかない。
32年2月には、民間右翼団体「血盟団」が、以前の民政党内閣の蔵相で金融資本家ともいうべき井上準之助を殺した。血盟団はつづいて3月、三井財閥の最高幹部団琢磨を殺した。そして同年5月15日、海軍将校をしゅとして、陸軍士官候補生も加わった一団は、政友会総裁で時の首相犬飼毅をその官邸で射殺した。民間右翼がこれに協力していた。
犬養内閣を最後として、政党の首領が内閣を組閣することはなくなった。これより第二次大戦に敗れるまで、天皇から組閣を命ぜられたものは十二人、そのうち一人(予備役陸軍大将)は陸軍の反対で組閣できなかった。ほかの十一人は組閣したが、そのうち四人は陸軍大将、四人は陸軍大将、二人は官僚出身、後の一人は歴史的に天皇家に最も近い家柄の貴族であった。日本のもともと不完全な政党内閣と議会政治は5.15事件で犬養首相とともに陸海軍によって殺されたということができる。

33年7月には、「神兵隊」と称する民間右翼団体のクーデター陰謀がばくろされ、翌34年11月には、陸軍士官候補生の陰謀が暴露された。

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版より抜粋)

▲【天皇は張爆殺をとがめない】

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版67-69Pより抜粋)

二 天皇制ファシズムの形成

Ⅳ 天皇裕仁と中国侵略戦争

一 中国東北地方侵略と天皇

天皇は張爆殺をとがめない

天皇裕仁の日本国統治の歴史は、日本よる中国侵略戦争の不断の拡大の歴史である。
彼がまだ摂政であった1925年12月、中国東北地方(満州)を支配する軍閥張作霖が、部下の郭松齢の反乱によって打倒されそうになった。その当時日本は、張を日本の満州侵略の支柱としていたので、関東軍―南満州に駐留している日本軍―は、張を守るために、「中立」を装いながら実は郭軍に圧迫を加えた。さらに12月15日、日本政府は、摂政裕仁に、日本本国及び植民地朝鮮から、合計3500の兵を満州に派遣する許可を求めた。裕仁はそれを許可した。このような日本の圧力によって、郭軍は敗北させられ、張の地位は守られ、日本の南満州に対する侵略行為は一層強化された。

1926年12月、大正天皇が病死し、裕仁は天皇になった。その当時中国では、蒋介石を総司令官とする国民革命軍が、各地に割拠する軍閥を打倒し、全国を統一するための戦争を、勝利のうちに進めていた。日本政府は、この戦争によって脅かされている中国在留日本人の生命財産の安全を守るという口実で、中国側の抗議を無視して、27年5月、7月、28年4月、5月の四回にわたって、2000人ないし一個師団の兵を山東省に派遣した。最多時には合計一万五千人の兵がいた。いずれの場合も、政府の申し出により、天皇裕仁が命じたのである。

日本の出兵は、当然、中国の政府及び人民の激しい抗議を巻き起こした。満州を本拠とする軍閥張作霖は、これまで久しく日本の指示に頼り、日本の内密の指揮に従っていたが、彼でさえも、もはや日本の意のままにには行動しなくなった。そこで前にのべたように、関東軍の将校の一部は、軍の工兵を使用して、28年6月、張作霖の乗っていた列車を爆破して彼を殺した、政府と軍部は、日本国民及び氏外国に対して、日本軍人は事件に何ら関係もないと言い続けた。

この事件に関連して、首相田中儀一が天皇裕仁の信任を失い辞職したことは、前にのべた。注意すべきことは、天皇は、関東運将校が不法にも張作霖を殺したことを怒り、田中の責任を問うたのではなく、また田中が真相を対外的に隠すのを怒ったのでもなく、単にうその発表の責任が裕仁に帰する結果になるようなことを田中が内奏したのに怒ったのである。このことについて、田中辞職の後で、天皇は侍従長鈴木貫太郎につぎのように語っている。

「もし田中総理が、事件に日本軍は無関係であると対外的に発表しておいて、その後に、天皇に対して、『政治上よぎなくこのように発表しました。前回の報告と異なったこと申し上げて、申し訳ありません。それゆえ、辞職を請います』といったら、天皇は『それは(事件をまげて発表したこと)政治家としてやむをえなかっただろう』と言って(うその発表)をゆるしたであろう。ところが田中は、うその発表そのものの許可を請うた。それを許可すれば『予(天皇)は臣民に詐を言わざるを得ないことになるだろう』、だから許可しなかった」。

鈴木は天皇のこの話を、1933年6月中ごろ、新任の侍従武官長本条繁に語り、本条はそれを極秘メモに書き留めている。天皇のこの話は、彼が極めて老獪な「政治家」であることを示している。彼は彼自身が「臣民」に嘘をつくことにならなように政府が行動しさえすれば、政府が臣民及び外国を欺くこをとがめはしない、というのである。そして田中辞職後も、天皇は真相を発表し、下手人を処罰するよう政府に命令はしなかった。犯人は、警備不行き届きとの理由で、現役を退かされただけである。しかも犯人は、その後まもなく、南満州鉄道―日本が満州を侵略し支配するための軍事的経済的大動脈である南満州鉄道を経営する国策会社―の理事となり、満州侵略に積極的な役割を果たし続けた。

(転載終わり)

【関連情報】

▲張作霖爆殺の犯人と言われる河本大作とは?(Wikipedia抜粋)

河本 大作(こうもと だいさく、1883年(明治16年)1月24日 - 1955年(昭和30年)8月25日)は、昭和初期に活動した大日本帝国の陸軍軍人。張作霖爆殺事件の首謀者として知られる。

出自

1883年(明治16年)1月24日、兵庫県佐用郡三日月村(現佐用町)に、地主の子として生まれた。高等小学校、大阪陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1903年(明治36年)11月に陸軍士官学校(第15期、卒業順位97番、歩兵科)を卒業。翌年日露戦争に出征、重傷。1914年(大正3年)に陸軍大学校(第26期、修了順位24番)を卒業した。大佐で関東軍参謀時、張作霖爆殺事件(1928年 - 昭和3年6月)を起し、停職、待命、予備役編入[1]。陸軍士官学校第15期は乃木希典の次男保典(歩兵科、日露戦争で戦死)と同期である。
張作霖爆殺事件

1928年(昭和3年)6月4日、蒋介石の北伐の圧迫を受け北京から満州に帰還する途上にあった張作霖は、奉天近郊の南満州鉄道線路上で殺害された(張作霖爆殺事件)。当初日本の新聞では蒋介石率いる中国国民党軍のスパイ(便衣隊)の犯行の可能性も指摘され満州某重大事件と呼称されていたが、その後の調査で関東軍高級参謀の河本が計画立案をし、現場警備を担当していた独立守備隊の東宮鉄男大尉及び朝鮮軍から分遣されていた桐原貞寿工兵中尉らを使用して実行したと判明した。

事件当初から関東軍の関与は噂されており、奉天総領事から外相宛の報告では、現地の日本人記者の中に関東軍の仕業であると考えるものも多かったと記されている。河本自身は、事件の数ヶ月前に東京の知人宛に送った手紙において、「張作霖の一人や二人ぐらい、野垂れ死にしても差し支えないじゃないか。今度という今度はぜひやるよ。……僕は唯唯満蒙に血の雨を降らすことのみが希望」と書き記している[2]。関東軍司令官の村岡長太郎は支那駐屯軍に張作霖を抹殺させる工作を行うよう竹下義晴中佐に内命を下していたが、河本はこれを押しとどめ自身の計画を実行した。

この事件の処理を巡って、田中首相は当初日本軍が関与した可能性があり事実ならは厳正に対処すると昭和天皇に報告したが後の報告では隠蔽を図ったため、天皇の怒りを買い、内閣の総辞職につなかった。河本は軍法会議にかけられることはなく1929年(昭和4年)4月に予備役に編入されるのみの軽い刑罰に留まり、事件はもみけされた。この処罰に対して、松井石根陸軍大将は反対し最後まで首謀者である河本の厳罰を要求し続けた。

ロシア人歴史作家のドミトリー・プロホロフ[3]はGRUの犯行であると主張しているが、まともな歴史学者でこれを取り上げるものはいない。

(抜粋終わり)

▲【教育に関する勅語】

・(大日本帝国)憲法が実施された1890年には、「教育に関する勅語」が出された。これは1882年の「軍人勅語」と同じ性質のもので、天皇自らが直接に全国民にたいして、道徳の根本を教えたものである。まず日本の教育の根源を次のように説く。
「天皇である私の祖先は、遠い昔にこの国を創造し、深く厚く道徳をうちたてて、私の代に至っている。汝ら臣民はよく天皇に忠義をつくし、親に航行し、すべての臣民が心を一つにして、先祖代々立派な成果をあげてきた。これはわが国の精華であり、教育の源はじつにここにある」。

勅語はつづけて、親孝行その他の具体的な徳目を説くが、その結論は、「汝らら臣民は、戦争のさいは忠義の心をふるいおこし、勇敢に天皇のために戦い、それによって天地とともに窮りない天皇の栄をたすけよ」ということに帰着する。

教育勅語は国、公、私立のあらゆる学校の教育はもとより、日本人の教育・精神生活の最高規範とされた。教育勅語を批判することは法的にも絶対許されなかった。教育勅語が発布されると、キリスト教は教育勅語に反するとして、政府と通牒した国家h杉者たちが激しく攻撃し始めた。キリスト教のどの宗派の指導部も、全面的に屈服した。

近代日本国民は、親、子、孫の三代にわたって、このような原則で教育された結果、国民の心には、天皇を神の子として崇拝し、無条件に服従し、とりわけ戦争の際には天皇に忠義をつくして戦うのを最上の光栄とする思想・感情が深く植え付けられた。頃を立証する史実は無数にある。たとえば太平洋戦争末期に体当たりして、その搭乗者は必ず死ぬが、的にも打撃をあたえるであろうと期待する戦術が普遍的に行われた。

これが可能だったのは、青少年が天皇のために死ぬのを至上の光栄とする精神を植え付けられていたからである。

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版11-12Pより抜粋)

▲【天皇の神的権威】

天皇は日本国民に対しては、神的な権威をもった。1868年に天皇が日本国の統治者となったときから、天皇の政府は、天皇は日本国を創造した神の子孫であり、日本国の唯一の政党の支配者であり、国民は天皇を無限に尊敬し、彼に絶対服従しなければならないという思想・信念、むしろ進行というべきものを国民に植え付けるために、ありとあらゆる手段をつくした。天皇の祖先であるとされる天照大神およびその部下の神々をその「子孫」の神々の進行を中心とする神道は、事実上国教とされた。

天皇の神的権威は、(大日本帝国)憲法第一条と第三条にも規定されている。「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」という第一条の「万世一系」とは、天皇が天照大神いらいの「万世一系」であるという意味である。この憲法制定を指導した伊藤博文は、その著書「憲法解釈」において、第一条について、天皇の統治権はこの憲法によって始めて与えられたのではなく、天照大神いらい万世一系その子孫たる天皇に固有のものであるという「事実」を、憲法が書きあらわしたものであるという。

第三条は、「天皇は申請にして犯すべからず」と規定している。これは、一般に立憲君主制では君主は責任を問われないという考え方を天皇に当てはめただけのものではなく、文字通り天皇を神聖として、国民は天皇については一言半句の批判も許されず、ひたすら畏敬恭順すべし、ということである。

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版10-11Pより抜粋)

▲【天皇の戦争犯罪免訴】

極東国際軍事法廷のフランス代表の判事アンリ・ベルナールの個人意見は、天皇が起訴されなかったのは不公平であると示唆している。彼は、この法廷では被告たちの弁護に対して十分な保証が与えられなかったと考え、その理由を3カ条あげているが、その第一に、「被告を法定に引き出すことを決定する前の予備的調査が行われなかった」ことを上げ、第二に次のごとく述べている。「法廷では、すべての容疑者を公平に扱うことを許されず、検察側が出した被告のみについて判決を下すことが求められた。天皇が法定に出されなかったことは、遺憾である」。

アンリ判事は、誰と誰をひこくとするか公平な予備的調査が行われたならば、当然天皇も法廷に引き出されたであろうに、それが行われず、天皇が被告とされなかったことは不公平であり、遺憾であるとしている。

(大島清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版3Pより抜粋)

②【明治天皇すり替え】

▲豹変した親王 (加治将一著「幕末維新の暗号下」135-136p)

・「他の目印は睦仁の体形じゃな。睦人は、骨細にして病弱な体質だった。『禁門の変』では、恐怖のあまり失神しておる」
あまりにも有名な話で、望月も知っている。会津、薩摩連合が長州と激突したのが、「禁門の変」だが、睦人、十一歳のときである。
睦仁は女官とばかり遊んでいた軟弱もので、生母の中山慶子さえも、ィクス絵を案じる頼りなさだった。
そこに禁門の変が起こり、大宝の大音響だ。睦仁は、ひーっち白目をむいてぶっ倒れたという。
「ところがどうだ。おやじの公明天皇が死んだ後の睦仁の変身ぶりは。左利きになるわ、大酒をくらうわ、乗馬に打ち込むわ、腕相撲は強いわで、あれよあれよというまに大男に育ち、体重も九十きろ近くになっておる。武家出身の侍従でさえ、相撲で投げ飛ばされているのじゃ。こんな公家がどこにおる。いくら小説家でも創造がつかんじゃろ」
「ええま・・・多くの文献で明治天皇の強靭さは認められます。しかし、強い天皇おちうイメージ作りのために武芸を学ばせたからだと・・・」
「さすが宮内省、世論操作はお手の物じゃな。しっかり行き届いておるわ。こうして小説家もころりと騙されておるくらいじゃからな」
嫌味をいってから続けた。
「者には限度というものがある。いくらブドウをならわせたところで、へなちょこのもやしが、怪物プロレスラーにはならん。完璧に別人なんじゃ」
店かはうずくまるようにして、紙袋から者hシンを探し出した。
そして、これがすり替え前の天皇、本物の睦仁だといった。(前ページ写真)
望月は唖然とした。
「本物・・・根拠はあるんですか」
にやりを笑ったが、凄みは壊れなかった。
「あるわけない。だが、話者信じておる」
もう一枚、望月に突き出した。
正真正銘、明治天皇の写真として世に知られたものである。
「群像写真としっかり見比べてみるんじゃ。顔の輪郭、目、鼻、口、耳ン、全部同じだ」【比較社品15】
望月も以前から気付いていたが、瓜二つである。
じっと見つめていると心が昂ってくる。
「明治天皇の写真は」
田中がしゃべった。
「二枚しかない。内田九一が撮影した二種類じゃ。天皇が写真嫌いだったというより、バレルのを恐れて避けていたんじゃよ」
奇怪な点がまだあると言った。
生母の中山慶子は、睦仁が天皇に即位してからというもの、ほとんど息子に会っていないのだという。
調べてみればすぐ判明する事実で、さして理由もないのに、息子に実母が合わないなど、慎み深いなどという領域をはるかに超えている。
さらに、明治天皇は母親は氏の床に臥しても行かず、わずか牛乳一本をとどけたに過ぎない。
死んでも、行くことはなかった。
それもこれも明治天皇が、山中恵子と赤の他人なら合点がいくと言った。

(転載終わり)

【関連情報1】:「フルベッキ群像写真」

上京前のフルベッキと致遠館の塾生(フルベッキ群像写真)(上野彦馬撮影)。この写真は昭和48年に島田高資によって、幕末の志士たちの集合写真であるという説が唱えられるようになったが、明治元年から明治二年に撮影されたと見られている。(Wikipediaより抜粋)

【関連情報2】:宣教師フルベッキが企画し実現させた岩倉使節団とは?(Wikipediaより抜粋)

岩倉使節団(いわくらしせつだん)とは、明治維新期の明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、日本からアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国に派遣した大使節団である。岩倉具視を正使とし、政府首脳陣や留学生を含む総勢107名で構成された。

▲追加!【明治天皇のすり替え謀略とは?】(2014.02.14)

伊藤博文と岩倉具視が中心となり尊皇攘夷を強硬に主張し倒幕ではなく幕府との合体を目指し長州を毛嫌いした孝明天皇と息子の睦人親王を暗殺し山口県田布施町出身の騎兵隊力士隊大室寅之祐を明治天皇にすり替えたとされる日本最大の謀略事件で日本最大のタブー。

安倍晋三ファシスト首相が尊敬してやまない祖父岸信介は【明治天皇のすり替え謀略】を実行し明治、大正、昭和の天皇制軍事独裁体制を実質的に支配した山口県田布施町出の伊藤博文をはじとする歴代4内閣総理大臣(伊藤博文、山県有朋、岸信介、佐藤栄作)の一人でありアジア太平洋侵略戦争のA級戦犯にもかかわらず戦後米国支配層とGHQマッカーサーに免責されCIAのスパイとして首相までの上り詰めた売国政治家である。

【明治天皇すり替え】を隠ぺいし天皇制権力を保護する【田布施システム】を祖父岸信介から継承し二度にわたって首相となったのが安倍晋三ファシスト首相である。

安倍晋三ファシストとその一味が昨年12月16日に自公の強行採決で成立させ今年夏までに施行予定の【秘密保護法】の真の狙いは、日本最大のタブー【明治天皇すり替え謀略】の歴史的真実・事実を国民の目から完全に隠すことだったのだろう!

【明治天皇のすり替え謀略状況証拠1】

人口わずか百五十万人で札幌市より規模の小さい山口県から伊藤博文、山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中儀一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三ら八人の内閣総理大臣(そのうち4人が田布施町出身者)が輩出している。こんなことは【明治天皇すり替え謀略】がなければ確率的にありえない!

【明治天皇のすり替え謀略状況証拠2】

山口県田布施町周辺からは明治、大正、昭和を代表する政治家、軍人、官僚、財界人、学者が雲霞のごとく輩出している。こんなことは【明治天皇すり替え謀略】がなければ
確率的にありえない。

(鬼塚英明氏のDVD『鬼塚英昭が発見した日本の秘密より)

http://p.tl/wamp

明治天皇(大室虎之祐)

伊藤博文

山縣有朋

岸信介

佐藤栄作

難波作之助、代議士、難波大助という皇太子を銃でうとうとした男のお父さん、

国光五郎 代議士、

日産コンチェルンの総帥、鮎川義介(ぎすけ)

日立グループの総帥、久原房之助(くはらふさのすけ)・

戦前の外務大臣 松岡洋右

日本共産党議長 宮本顕治、

マルクス主義を世に広めた京大教授河上肇、

法律界の大御所といわれた岩田宙造

戦後最後の内務相の憲兵を組織して『日本のいちばん長い日』を演出した内務相トップの安部源基

【明治天皇のすり替え謀略状況証拠3】

【明治天皇のすり替え謀略】の主犯である伊藤博文が起草した【大日本帝国憲法】には第二条と第三条でこの日本最大のタブー【明治天皇のすり替え謀略】が決して暴露されないような規定を設けている。

第二条:大日本帝国は、万世一系の天皇が、これを統治する。

第三条:天皇は、神聖であって、侵してはならない。

【明治天皇のすり替え謀略状況証拠4】

孝明天皇の暗殺後明治天皇となった睦仁親王はもともと病弱で線が細かったが,1867年夏以降突然背の高い腕力の強い白馬を自由自在に乗り回す天皇に変身したという証言や【明治天皇】はいつも簾の奥に隠れ厚化粧して素顔を見せなかったことや小声でしか離さず側用人が大きな声で繰り返して決して生の声を効かせなかったことや写真嫌いで顔写真をほとんど残さなかったなどの証言が多く残っている。

③【伊藤博文の犯罪】

▲ 伊藤博文とは? (Wikipediaより抜粋)

伊藤 博文(いとう ひろぶみ、天保12年9月2日(1841年10月16日) - 明治42年(1909年)10月26日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家。位階勲等爵位は従一位大勲位公爵。諱は博文(ひろぶみ、「ハクブン」と有職読みすることもある)。幼名は利助(りすけ)、のち吉田松陰から俊英の俊を与えられ、俊輔(しゅんすけ)とし、さらに春輔(しゅんすけ)と改名した。号は「春畝(しゅんぽ)」、「滄浪閣主人(そうろうかくしゅじん)」など。「春畝公」と表記されることも多い。

周防国出身。長州藩の私塾である松下村塾に学び、幕末期の尊王攘夷・倒幕運動に参加。維新後は薩長の藩閥政権内で力を伸ばし、岩倉使節団の副使、参議兼工部卿、初代兵庫県知事(官選)を務め、大日本帝国憲法の起草の中心となる。初代・第5代・第7代・第10代の内閣総理大臣および初代枢密院議長、初代貴族院議長、初代韓国統監を歴任した。内政では、立憲政友会を結成し初代総裁となったこと、外交では日清戦争に対処したことが特記できる。元老。

アジア最初の立憲体制[注釈 1]の生みの親であり、またその立憲体制の上で政治家として活躍した最初の議会政治家として、現代に至るまで大変高い評価をされている。1909年、ハルビンで朝鮮民族主義活動家の安重根によって暗殺された。

▲志士としての伊藤 (佐々木隆著「伊藤博文の情報戦略」中公新書 1999年初版より抜粋)

この年、江戸在住の藩士の間では攘夷決行論が高まり、高杉らは御楯組を結成して機会を窺っていた。伊藤も御楯組に加わり、12月12日深更の品川御殿場の英国公使館焼き討ちに参加している。また同月21日、伊藤は国学者塙次郎が幕府の命で公明天皇廃位のための前例調査を行っていると伝え聞き、山岸庸三とともにこれを暗殺した。塙は父・保己一の後をうけて「群書類従」の補遺の作業を行っていたのだが、これが世間に誤って伝わったのである。ちなみに歴代首相のうち、戦場以外で人をしなせたのは、初代の伊藤と二代の黒田清隆だけである。旧千円札の肖像からはなかなか想像できないが、若き日の伊藤は急進的かつ戦闘的な尊王攘夷派の志士だったのである。

▲【伊藤博文暗殺事件】

1909年10月26日、伊藤博文(暗殺当時枢密院議長で、同年6月に韓国統監を退任)は満州・朝鮮問題に関してロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフと会談するためハルビン市(哈爾浜)に赴いた。

午前9時、哈爾浜駅に到着し、車内でココツェフの挨拶を受けた後、駅ホームでロシア兵の閲兵を受けていた伊藤に、群衆を装って近づいた安重根は拳銃を発砲。全7発を乱射し、その内の銃弾4発が伊藤に向けられ3発が命中。近くにいて最も多くの弾丸を受けた外交官の室田義文[12]は奇跡的に軽傷であったが、哈爾濱総領事の川上俊彦[13]が腹部に重傷、流れ弾が秘書官森泰二郎、満鉄総裁の中村是公、同理事の田中清次郎の衣類を貫通した。襲撃では何発が発砲されたか、狙撃手は1人か複数かには異説がある。

伊藤は胸・腹部に被弾して「三発貰った、誰だ」と言って倒れ、しばらく意識があったが、約30分後に死亡した。狙撃後、安重根はロシア語で「コレヤ! ウラー!(Корея! Ура!)」(韓国万歳)と大声で叫び、逃げもせずにその場でロシア官憲に逮捕された

▲【安重根伊藤暗殺の動機】

伊藤博文を暗殺した動機として、安重根は検察官の溝渕孝雄に尋ねられた際、15の理由を挙げた[16]。しかしこの中には伊藤とは少しも関係のないものが散見され、「大韓独立主権侵奪の元凶」と伊藤を朝鮮支配の象徴として偶像化した。

一、今ヨリ十年バカリ前、伊藤サンノ指揮ニテ韓国王妃ヲ殺害シマシタ。

二、今ヨリ五年前、伊藤サンハ兵力ヲ以ッテ五カ条ノ条約ヲ締結セラレマシタガ、ソレハミナ韓国ニトリテハ非常ナル不利益ノ箇条デアリマス。

三、今ヨリ三年前、伊藤サンガ締結セラレマシタ十二ケ条ノ条約ハ、イズレモ韓国ニトリ軍隊上非常ナル不利益ノ事柄デアリマシタ。

四、伊藤サンハ強イテ韓国皇帝ノ廃位ヲ図リマシタ。

五、韓国ノ兵隊ハ伊藤サンノタメニ解散セシメラレマシタ。

六、条約締結ニツキ、韓国民ガイキドオリ義兵ガ起リマシタガ、ソノ関係上、伊藤サンハ韓国ノ良民ヲ多数殺サセマシタ。

七、韓国ノ政治、ソノ他ノ権利ヲ奪イマシタ。

八、韓国ノ学校ニ用イタル良好ナル教科書ヲ伊藤サンノ指示ノモトニ焼却シマシタ。

九、 韓国人民ニ新聞ノ購読ヲ禁ジマシタ。

十、 ナンラアテルベキ金ナキニモカカワラズ、性質ノヨロシカラザル韓国官吏ニ金ヲ与ヘ、韓国民ニナンラノ事モ知ラシメズシテ終ニ第一銀行券ヲ発行シテオリマス。

十一、韓国民ノ負担ニ帰スベキ国債二千三百万円ヲ募リ、コレヲ韓国民ニ知ラシメズシテ、ソノ金ハ官吏間ニオイテ勝手ニ処分シタリトモ聞き、マタ土地ヲ奪リシタメナリトスト聞キマシタ。コレ韓国民ニトリテハ非常ナル不利益ノ事デアリマス。

十二、伊藤サンハ東洋ノ平和ヲ攪乱シマシタ。ソノ訳ト申スハ、日露戦争当時ヨリ、東洋平和維持ナリト言イツツ、韓皇帝ヲ廃シ、当初ノ宣言トハコトゴトク反対ノ結果ヲ見ルニ至リ、韓国民二千万ミナ憤慨シテオリマス。

十三、韓国ノ欲セザルニモカカワラズ、伊藤サンハ韓国保護ニ名ヲ借リ、韓国政府ノ一部ノ者ト意思ヲ通ジ、韓国ニ不利益ナル施設ヲ致シテオリマス。

十四、今ヲ去ル四十二年前、現日本皇帝ノ御父君ニ当ラセラル御方ヲ伊藤サンガ失イマシタ。ソノ事ハミナ韓国民ガ知ッテオリマス。

十五、伊藤サンハ、韓国民ガ憤慨シオルニモカカワラズ、日本皇帝ヤ、ソノ他世界各国ニ対シ、韓国ハ無事ナリト言ウテ欺イテオリマス。

④【ヒットラー独裁体制】

・1933年1月30日ヒトラー首相就任。

・内閣発足の2日後の2月1日に議会を解散し国会議員選挙日を3月5日と決定した。

・2月27日の深夜国会議事堂が炎上する事件が発生した(ドイツ国会議事堂放火事件)。ヒトラーとゲーリングは共産主義者蜂起の始まりと断定し、直ちに共産主義者の逮捕を始めた。翌28日にヒンデンブルク大統領に憲法の基本的人権条項を停止し、共産党員などを法手続に拠らずに逮捕できる大統領緊急令を発令させた。

・この状況下の3月5日の選挙ではナチスは議席数で45%の288議席を獲得したが単独過半数は獲得できなかった。しかし、共産党議員はすでに逮捕・拘禁されておりさらに社会民主党や諸派の一部議員も逮捕された。これらの議員を「出席したが、投票に参加しない者と見なす」ように議院運営規則を改正することでナチ党は憲法改正的法令に必要な3分の2の賛成を獲得出来るようになった。

・3月24日には国家人民党と中央党の協力を得て「全権委任法」を可決させ議会と大統領の権力は完全に形骸化した。

・7月14日にはナチ党以外の政党を禁止

・12月1日にはナチ党と国家が不可分の存在であるとされた

・1934年6月30日の「長いナイフの夜」によって突撃隊を初めとする党内外の政敵を非合法的手段で粛清

・1934年8月2日ヒンデンブルク大統領が在任のまま死去した。ヒトラーは直ちに「ドイツ国および国民の国家元首に関する法律」を発効させ国家元首である大統領の職務を首相の職務と合体させさらに「指導者兼首相(Fu"hrer und Reichskanzler)であるアドルフ・ヒトラー」個人に大統領の職能を移した[。ただし「故大統領に敬意を表して」、大統領(Reichspra"sident)という称号は使用せず自身のことは従来通り「Fu"hrer(指導者)」と呼ぶよう国民に求めた。この措置は8月19日に民族投票(ドイツ語版)を行い、89.93%という支持率を得て承認された。

・これ以降、日本の報道でヒトラーの地位を「総統」と呼ぶことが始まった。指導者は国家や法の上に立つ存在であり、その意思が最高法規となる存在であるとされた

・1935年1月22日には公務員・一般労働者が右手を挙げて「ハイル・ヒトラー」と挨拶することや公文書・私文書の末尾に「ハイル・ヒトラー」と記載することが義務付けられ

▲社会ファシズム論 (Wikipediaより抜粋)
社会ファシズム(しゃかいファシズム、ドイツ語: Sozialfaschismus、英語: social fascism)[1]とは、社会民主主義をファシズムと同一であるとする見解による用語で、ファシズム勢力より社会民主主義勢力への敵対と打倒を優先すべきとする。その主張および運動方針は、社会ファシズム論[2]または社会民主主義主要打撃論とも言われる。

1920年代後半から1930年代前半に、ヨシフ・スターリン、コミンテルンの支持で各国の共産党が主張し、特にナチス(NSDAP)伸張期のヴァイマル共和国時代のドイツ共産党の実践によって顕著であった。しかし結果的にはNSDAPがドイツの政権を獲得し、ドイツ共産党が非合法に追い込まれたため、この方針への反省がおこなわれ、1935年のコミンテルン第7回大会によって自己批判の対象となった。

概要

社会ファシズム論とは、社会民主主義とファシズムを双子として同一視する見解である。こうした見解が生じた背景としては、ドイツ革命直後のドイツ社会民主党とドイツ共産党の路線対立や、ネップ(新経済政策)後に左傾するソ連内部において、路線対立が先鋭化していたことなどが挙げられる。1924年9月にはスターリンが「社会民主主義とファシズムは対立物ではなく、双生児である」と定式化し、1928年の第6回コミンテルン執行委員会総会は、社会ファシズム論を明示した[3]。

この路線に従ってドイツ共産党はドイツ社会民主党を敵視し、そのために議会では反社会民主党的な行動を繰り返した。ドイツ共産党の武装組織「赤色戦線戦士同盟」が社会民主党党員を襲撃したり、「ワイマール政府反対」を掲げナチスの労働者組織と共闘してストライキを行ったりした。このことは、同じく反社会民主党の姿勢を打ち出すナチスを結果的に利することになった。世界恐慌下でこうした左派政党内の対立がみられたことは、大衆の彼らへの失望とナチスへの期待を助長させた。また、ナチス政権成立の直前までドイツ共産党とドイツ社会民主党の合計議席数はナチスを上回っており、両政党が連携していればもっとファシズムに対抗する効果的な方策を打ち出すことも可能であった。

ドイツ共産党の指導者エルンスト・テールマンは「ナチスに政権を取らせよ。ナチスには政権担当能力などなく、そうすれば明日には共産党が政権を取るだろう」と語っていた。しかし、結果的には1933年にヒトラー政権が成立し、「ヨーロッパ最強」と言われたドイツ共産党は弾圧によって暴力的に急速に解体されることになる。ナチス・ドイツの政府は、1935年3月には再軍備を宣言した。こうした中で、1935年のコミンテルン第7回大会では人民戦線戦術が採択され、反ファシズムのために諸勢力が結集する方針が示された。これにより社会ファシズム論は否定されることになった。

反論

スターリン主義に反対していた、レフ・トロツキーは社会ファシズム論を批判し、ドイツ共産党と社会民主党は連帯してナチスに立ち向かうべきだと主張したが、ドイツ共産党からは聞き入れられなかった。この件に関する論考は、トロツキー死後の1962年と1969年に「社会ファシズム論批判」として出版された。

⑤【都知事選総括】

▲追加!【都知事選総括】都知事選の結果で見えてきたことと今後我々が力を入れてすべきこと!(2014.02.10)

【見えてきたこと】

①「政党助成金と立法事務費計2億5000万円を銀行借金の返済に流用した疑惑」や「新党改革の事務所家賃を妻が代表の個人事務所に支払っていたこと」や「選挙期間中に講演会に集まった支持者500人に時価\3000のい五輪バッジを無料で配布し公職選挙法違反で市民団体に刑事告訴されたこと」や「障害を持つ婚外子の養育費を値切って裁判で争っていること」や「母親の介護などやっていいないのに政治の原点は母親の介護と記者会見で大嘘をついたこと」などなど山ほどの疑惑・疑念を持たれている舛添新都知事は遅かれ早かれ辞職に追い込まれるだろう。その場合再び50億円かけて今年中にも都知事選が実施されることになるが疑惑まみれの舛添氏を全面支持し当選させた安倍晋三と公明党=創価学会及び彼に投票した211万の都民の責任は重大だ。

②現職の都知事がスキャンダルや病気や死亡などで辞職するもしくは都知事が空席になった場合その都度莫大な税金と時間を使って選挙を繰り返すのではなく選挙法を改正して前回の都知事選で次点となった候補者を繰り上げ当選すべきなのだ。

③細川元首相が小泉元首相の全面応援を得て【脱原発】【原発即時ゼロ】を掲げて20年ぶりに突然都知事選に参戦してきたため本来舛添VS宇都宮のガチンコ勝負の構図が壊れ【脱原発】支持票が二分された。結果は広瀬隆氏が言った【泡沫候補】の宇都宮候補が細川候補を2.6万票差で優位に立ち次点となった。このことは何が何でも【】の湾イシューだけで細川候補への一本化を強引に進めた鎌田慧氏や佐高信氏や広瀬隆氏や澤地久枝氏や瀬戸内寂聴氏ややなかにしれい氏や湯川れいこ氏や河合弘之弁護士などの「文化人」とは違って細川候補の登場の背景に【宇都宮候補つぶし】のうさん臭さを感じた有権者が多数いたことを証明している。

④前回2012年12月16日の都知事選では宇都宮候補を支持していたが選対を支配していた共産党や社民党や新社会党などのいわゆる「左翼リベラル」のあまりにも度が過ぎた【唯我独尊と排他的体質】に嫌気がさして今回は細川候補支持に転向した人が多くいたことは紛れもない事実。細川候補を押しのけて宇都宮候補を次点に押し上げた原動力は非共産、非「左翼リベラル」の【利権・特権を拒否するフツーの市民】勢力がおそらく50万人単位で登場した表れだと私は思う。

【すべきこと】

①候補者の【正体】を知らずに投票する人が大多数であり舛添候補、細川候補、田母神候補の【正体】を知れば彼らがもとは一緒であることを見抜けただろう。【真実と事実】を草の根レベルで追及する【勉強会】が必要なのだ。

②全国各地に【草の根勉強会】や【憲法勉強会】や【歴史研究会】を立ち上げ以下のテーマを徹底的に勉強し討論し共有すること。

1)【昭和天皇の戦争責任】

2)【明治天皇すり替え】

3)【伊藤博文の国民犯罪】

4)【岸信介と自民党の犯罪】

5)【安倍晋三の犯罪】

6)【憲法勉強会】

7)【世界と日本の支配構造】

8)【救援ノート】救援連絡センター発行\500

③4つの既存政治勢力に対抗して【利権・特権を許さない市民】の仲間を第五政治勢力として地方議会や首長や国会に送り出し多数派を形成すること。

【都知事選候補者に代表される4つの既存政治勢力】

1)第一政治勢力:極右ファシスト 田母神候補

支持特徴:日本国憲法を全面否定し戦前の天皇制軍国主義を復活させ侵略戦争と国内弾圧による独裁体制を目指す勢力!      

勢力:安倍晋三とファシスト一味、自民党、公明党=創価学会、石原慎太郎・橋下徹と日本維新の会、読売新聞、産経新聞、在特会、統一教会、幸福の科学などのカルト宗教団体、右翼・暴力団

2)第二政治勢力:新自由主義、舛添候補

支持特徴:金儲けのためには全てが許される拝金主義、小さな政府、規制緩和、市場開放、自己責任、米国による植民地支配を容認、TPP参加支持

勢力:小泉純一郎,竹中平蔵,みんなの党、野田民主党、経団連、日本経済新聞、   
              
3)第三政治勢力:保守リベラル 細川候補:

特徴:極右と極左を嫌悪し戦後民主主義と平和憲法の擁護を主張する伝統的な中道勢力 
支持勢力:小沢一郎、海江田民主党、

4)第四政治勢力:左翼リベラル 宇都宮候補

特徴:戦後民主主義と平和憲法の擁護を主張。マルクス主義と共産主義革命を信奉する新旧左翼勢力、  
  
支持勢力:共産党、社民党、新社会党、生活者ネット、9条の会、

④【利権・特権を許さない市民】の時【第五政治勢力】が中心となり第三政治勢力と第四政治勢力と共に統一戦線を組織し【第一政治勢力】と【第二政治勢力】を打倒すること。今まで権力に弾圧され実現できなかった日本初の【市民革命】を実現し【1%による支配・搾取構造】を終らせること。

【第5の政治勢力】の基本理念と基本政策

(1)【人間の尊厳の尊重】を最高理念とする。

(2)【真の民主主義】【真の主権在民】社会の実現を目指す。

(3)社会的平等と資源の共有と平和的共存を実現する。

(4)権力者のいかなる利権・特権を許さない。

(5)権力者のいかなる独裁・独占を許さない。

(6)政治家と官僚の嘘や情報操作や情報隠蔽を許さない。

(7)権力による弾圧・迫害を許さない=公安警察解体。

(8)あらゆる差別と格差を許さない。

(9)日本の米国からの独立=日米安保条約と日米地位協定の即時廃棄と永世中立宣

(以下略)

▲【関連情報1】:東京都知事選得票結果

投票率 今回(2014.02.09) 46.14%

前回(2012.1.216) 62.60%

当 2112979 舛添要一 無新  43.4%

982594 宇都宮健児 無新=共産、社民推薦 20.2%

956063 細川護熙 無新 19.6%

610865 田母神俊雄 無新 12.5%

88936 家入一真 無新

64774 ドクター・中松 無新

15070 マック赤坂 諸新

12684 鈴木達夫 無新

4352 中川智晴 無新

3911 五十嵐政一 無新

3727 ひめじけんじ 無新

3575 内藤久遠 無新

3398 金子博 無新

2968 松山親憲 無新

1904 根上隆 無新

1297 酒向英一 無新

▲【関連情報2】:舛添氏、高齢層から圧倒的な支持 都知事選出口調査分析

2014年2月9日 朝日新聞

朝日新聞社が9日、都内180投票所で実施した出口調査(有効回答7466)によると、上位4候補の年代別の得票率はグラフのようになり、当選した舛添要一氏は年代が高くなるにつれて得票率が上がり、高齢層に圧倒的な強みを発揮した。

「原発ゼロ」を掲げた2候補のうち、宇都宮健児氏は各世代から偏りなく得票したが、細川護熙氏は20代、30代の得票率が極端に低かった。20年前に首相を辞め、政治活動から遠ざかったためか、若年層にとって存在感が薄かったようだ。

若年層で細川氏を上回ったのが田母神俊雄氏で、特に20代では24%の票を集めた。一方、60代は7%、70歳以上は6%と低率だった。戦争を知らない世代に浸透したのは、ネットを上手に活用したことが要因だろう。

投票の際、どの政策を最も重視したかについて五つの選択肢から選んでもらったところ、「医療・福祉」が最も多く37%、「原発・エネルギー」は22%にとどまった。原発問題が最大の争点だったとは言い難い数字だった。

原発を今後どうすべきかを聞いたところ、「今すぐゼロにする」21%、「徐々にゼロにする」63%、「ゼロにはしない」15%。「今すぐゼロにする」と答えた人はただでさえ少数派だったうえ、その投票先は細川氏に45%、宇都宮氏に37%と二分された。「徐々にゼロにする」と答えた人は53%が舛添氏に投票した。

舛添氏は自民支持層の67%、公明支持層の83%から得票。宇都宮氏は共産支持層の84%、社民支持層の72%を固めた。民主支持層で細川氏に投票したのは45%にとどまり、舛添氏に28%、宇都宮氏に21%と割れた。無党派層は舛添氏に33%、宇都宮氏に25%、細川氏に24%、田母神氏に10%と分散した。(峰久和哲)

▲【関連情報3-1】:02.03 都知事選について 広瀬隆

原発廃止を求める勢力は、投票先が二分されている、と言われるが、その思考法そのものが間違っている。その候補者の一人は、当選の 可能性が高く、もう一人の候補者は、当選の可能性がゼロである。これは、前回の都知事選で、猪瀬直樹に敗北した大量の票差から歴然と した事実である。主権者は、 「一般の東京都民」なのである。東京都民の投票動向が、前回から大きく変 ることはあり得ない。したがって、当選の可能性がゼロの候補者に投票することは、泡沫候補に投票して、それがすべて死に票になる、と いうことだ。
したがって、二人の候補者がいるのではない。

自民党支持の舛添要一を倒せる候補者は一人しかいない。重要なことは、今日まで私のもとに、再稼働目前の危険にさらされている全国 の原発立地自治体の住民から寄せられる期待は、全員が、原発再稼働阻止を第一に掲げている細川護熙知事の誕生である。加えて細川氏 は、有力候補者の中で、唯一、知事をつとめた経験があり、地方行政にくわしい。

一体、誰が、舛添要一知事の誕生(あってはならない事態)に手を貸しているのか、原発廃止を求める人は、胸に手を当てて考えるべき である。舛添当選のニュースを見たいのか? ぞっとする。

▲【関連情報3-2】:1月20 全国のみなさま 都知事選に向けた記者会見

全国のみなさま  広瀬隆です

昨日の名護市長選挙での、辺野古移設反対市長の勝利を、まず祝いたいと思います。沖縄県民の意思の強さに、私たちも大きな力と 励みを受けました。日本政府の一角がガラガラと崩れました。
 続いて本日、1月20日午後1時から、東京都知事選に向けて、市民運動が参議院議員会館にて共同記者会見をおこないました。私 も参加したので、簡単にご報告します。

結論は、細川護熙氏を支持することで、参加者全員が一致しました。添付ファイル(下記添付)に、要点が書かれています。敬愛する前東海村村 長の村上達也さんからのメッセージも添付(下記添付)します。

実は、1月22日の夕刻に、細川護熙氏からの政策発表があるので、その前に支持を表明することには問題があるという意見もあり ましたが、翌23日からは事実上の選挙戦に突入するので、私たちの意思を表明する機会を失わないように記者会見をしました。した がって、「条件付き」の支持表明であることは、言うまでもありません。その条件とは、文書にある通り、「原発再稼働に反対し、そ のまま原発ゼロを最優先政策として掲げる細川氏を支持します」としてあります。原発ゼロが最優先政策で なければ、私たちは支持しません。しかし、それは、信頼できる多くの賛同者が細川氏自身から確認していますので、まったく杞憂の ようです。本日の記者会見で語ってくれた湯川れい子さんも、太鼓判を捺しています。

本日の週刊ポストによれば、私たちが最も信頼している古賀茂明さんと、城南信用金庫理事長の吉原毅さんも、細川氏のブレーンに 入っているので、まことに心強いと思います。したがって、知事就任後も、ぶれない政策を実行してくれると考えられます。選挙後の 私たちもまた、数々の意見を細川氏宛てに、温かい心をもって伝えてゆきたいと思います。

今回の都知事選は、細川護熙 対 安倍晋三 なのです。敵方の舛添要一は、ミニ安倍晋三なのです。日本の核兵器保有のために、 高速増殖炉もんじゅの広告塔として活動し、原爆材料プルトニウム確保に夢中になってきた舛添要一は、超危険人物です。私自身も、 テレビとラジオで、ことあるごとに、彼と討論してきたので、その危険性は誰よりも承知しています。舛添要一は、福島第一原発事故 を招いた責任者の筆頭です。このような人間に権力を持たせれば、日本は大変なことになります。こうした事実を社会に伝えれば、彼 は泡沫候補です。
 
選挙は、勝つか、負けるか、この二つしかありません。得票数が多くても、まったく意味のない闘いです。したがって、圧勝できる 候補者を擁立し、みながまとまって、急いで支持するべきです。

以上、私見を述べましたが、私の周囲は百パーセント、同じ考えです。みなさん、同じ考えの方は、動いてください。広く呼びかけ てください。

投票日まで、充分な日数があります。毎日、加速度的に、支持者を増やしましょう。最後は、雪崩現象を起こして・・・

多難であることを承知で、申し上げます。明るい春を迎えましょう。
きっと迎えます。2月9日に・・・

(転載終わり)

▲【関連情報3-3】:【細川支持を決めたおもな著名人】(日刊ゲンダイ)

◇鎌田慧(ルポライター)
◇河合弘之(脱原発弁護団全国連絡会)
◇瀬戸内寂聴(作家)
◇広瀬隆(作家)
◇湯川れい子(音楽評論家)
◇宮台真司(社会学者)
◇柳田真(たんぽぽ舎)
◇村上達也(前茨城県東海村長)
◇村田光平(元駐スイス大使)
◇森詠(作家)
◇高野孟(評論家)

▲【関連情報4】:今回の都知事選について 山本太郎

2014-02-10

今回の都知事選、苦しかった。

今まで経験した自分の選挙やネガティブキャンペーンとは比べものにならない程、心身共に苦しかった。

「ひとつ」になれば勝てる。

けど、「ひとつ」になれない。

何故?

候補者を立てる前に対話が必要だった。

今回、効果的な動きが出来なかった自分自身の不甲斐なさを感じる。

消費税、特定秘密保護法や数々の悪法が強行採決された昨年の国会や、名護市長選で学んだ事は?

「ひとつ」になって向き合う、突破するしかない、って事だった。

「広瀬隆さんや三宅洋平や支持者の間で股裂になってのダンマリ」
って想像してた人もいたけど、それぞれの判断を認め合う関係性なのでそのイメージは全くのハズレ。

割れた状況で◯◯さんを支持しろ、と言われても無理。

一つにならなきゃ勝てない闘いに割れて突入するなら「想いを伝え、その世界をめざす会」だ。

それが悪いって言ってる訳じゃない。
自分も基本、その会の会員だ。

過酷事故がいつ起きてもおかしくない状況で、沢山の人々に現状を伝える機会は大切。

それが大きな共感を得れば、ミラクルは起こる。

何より、投票する人が意志を表明できる候補者は必要。

そして今回、参加した候補者は間違いなく、多くの人々の心を動かした。

「ただ」今回は、

自分の中では、一つになって初めて、選挙選に突入する事が「最低条件」だった。

ひとつになって闘えない「戦」に対して自分は、

「投票率アップキャラバン」以外の答えは出せなかった。

「ひとつ」にならなきゃ厳しい状態を知りながら、それぞれに闘うと決め、自らハードルを上げて挑んだチャレンジャーたちの実力、心意気と使命感は、素晴らしいものである事は間違いない。

もっと早い段階で、候補者決定の前に、原発再稼働無し、社会保障など数々の問題を溶け合わせた魅力的なチームを市民中心に提案出来れば、勝てる選挙だと再認識した。

そこを補うのは、情報の共有、風通しの良さしかない。

それが、候補者擁立のずっと前から情報の共有、風通しの良いコミニュケーションが出来ているのが必勝条件とするなら、

もう始まってる、次の都知事選。

これから行われる全国の選挙では、「ひとつ」になろう。

でなきゃ、望む世界は遠い。

でなきゃ、実現する前に、絶えるかも。

これから、イニシアチブは、市民が。

政党の協力は「勝手連」で。

政局をコントロールするのは市民だ。

候補者のメドはつけても対話で一本化できる柔らかさも持てよ自分、と言い聞かせる。

政策協議でお互いの足りない部分を補える場を作れ、と自分に言い聞かせる。

候補者の発表はそれからでも遅くないだろ、と自分に言い聞かせる。

自分自身への総括って、大事。

次の選挙から自分たちの想いを伝えてくれる代表を「ひとつ」にして

熱く、厚く、次の選挙に挑むぞ、と自分自身に誓う都知事選になった。

方向性が180°違ったとしても、選挙に関わった全ての皆様、お疲れ様でした。

次に備えましょう。

自分自身への戒めも込め、書かせて戴きました。


▲今回の都知事選では細川候補は【脱原発】【原発即時ゼロ】を最大の争点にしているが、安倍自公政権の暴走をだれが止めることができるのかが最大の争点であり【脱原発】【原発即時ゼロ】はそのうちの一つに争点に過ぎない!

一昨日(2月3日)行われた「脱原発 都知事選候補に統一を呼びかける会」の記者会見の最後の方で共同代表の鎌田慧さんが以下のような発言をしたのが気になった。

鎌田氏「先ほど、世代間の対立とか階級対立とか新自由主義とかいう質問がありましたが、それどころじゃないでしょう。原発の再稼働とか輸出とかいう話になっているので、それは失礼とかいう話ではないと思います」

鎌田さんは最大の課題は原発の再稼働や原発輸出であり世代間対立や階級間対立などを作り出した【小泉構造改革】や【アベノミックス】などの新自由主義経済政策は最大の争点ではないと主張しているが彼は完全に間違っている。

今の日本では国が決定する政策や法律や予算がすべての地方自治体に居住する住民の運命を直接左右するほど中央集権的であり、今回の都知事選での最大の争点は【貧困と大格差社会と国民弾圧と侵略戦争】へと暴走する安倍自公政権に反対しその暴走を誰が止められるかが最大の争点なのだ!

今回の都知事選では細川候補は【脱原発】【原発即時ゼロ】を最大の争点にしているが、安倍自公政権の暴走をだれが止めることができるのかが最大の争点であり【脱原発】【原発即時ゼロ】はそのうちの一つに争点に過ぎない!

▲【利権特権を拒否するフツーの市民】が今回の都知事選の争点として掲げる問題と取るべき態度は以下の通り!

①【福島原発事故放射能被ばく被災者救済】問題

・いくら金がかかろうが福島被爆被災者200万人の全面救済と集団移転を実施する!

②【福島原発事故の全面封じ込め】問題

・いくら金がかかろうが福島原発第一、第二、第三原子炉のメルトダウン・メルトスルーした核燃料計300tを完全に封じ込めこと!

③【アベノミックス】問題

・1%の大企業や金持ちをますます富ませ99%の一般庶民をますます貧しくする【アベノミックス】の即時中止!

④【秘密保護法】問題

・全ての国民を犯罪人にでっち上げて最高10年の刑務所送りが可能となる平成の治安維持法【秘密保護法】の即時廃案!

⑤【消費税税増税】問題

・国民の富を収奪する【消費税税増税】反対

⑥【TPP参加】問題

・日本のあらゆる分野を米国大資本に売り渡す売国条約【TPP】参加反対

⑦【日本国憲法改悪】問題

・安倍自公政権は【日本国憲法】を全面否定し天皇を元首にして戦前の「大日本帝国憲法」の復活をもくろんでいる。

・安倍自公政権の【日本国憲法改正】反対!【天皇制軍医独裁制度復活】反対

⑧【自衛隊の国防軍化】問題

・安倍自公政権は【日本国憲法】の反戦・平和の基本理念を否定し、【集団的自衛権行使】を容認し、自衛隊を国防軍に改編し、徴兵制と軍法会議の設置し米軍の下請けとして海外侵略戦争に自衛隊を参戦させることに目的としている。

・安倍自公政権の【自衛隊の国防軍化】反対、【自衛隊の侵略戦争】反対!

▲舛添要一候補の正体も知らずこんな人物を支持して東京都知事に投票する都民の一人一人の顔を見たい!

彼らは同じように国民を搾取し国民を貧困と弾圧と戦争に誘導する安倍晋三とファシスト一味の正体も知らずに政府と大手マスコミが宣伝する【アベノミックス】の大嘘を見抜けけず何かしてくれるのだろうと根拠のない願望とイメージで彼らを支持しているのだろう。

彼らは同じように【小泉構造改革】を唱え社会的弱者を切り捨て現在の大格差社会を作り出し米国の要請で自衛隊を初めて海外派兵し、突然【脱原発】を言いだした小泉純一郎の正体も知らずに支持しているのだろう。

彼らは同じように水俣病患者の悲痛な叫びを拒絶し「こんな冷たい知事は初めてだ」と言わせしめ、平成バブルに踊ってリゾート開発に巨額資金を投入して県財政を破たんさせた熊本県知事の責任を取らず放り出し国政に転身し、日本新党の代表として非自民非共産の連立政権首相として民意を全く反映しない「小選挙区比例代表制」の導入と国会議員一人当たり4700万円の巨額な税金を供与して国会議員のモラルを全面的に破壊した「政党助成金制度」の導入を主導し【佐川急便スキャンダル】で8か月で政権を放り投げ隠居生活に入り、20年ぶりに【脱原発】【原発即時ゼロ】を掲げて突如登場した細川元首相の正体も知らずに支持しているのだろう。

【関連記事1】

▲元側近議員が怒りの告発! 舛添氏「税金で借金返済」疑惑

2014年2月6日 日刊ゲンダイ

「公金である政党助成金が(舛添氏らの)不透明な借金返済に消えた疑いがあります」――。都知事選に立候補している舛添要一元厚労相(65)の元側近議員が怒りの“告発”だ。舛添の「政治とカネ」疑惑を日刊ゲンダイ本紙に激白したのは元参院議員の矢野哲朗氏(67)。10年に舛添が立ち上げた「新党改革」の代表代行だった。元側近が暴露した舛添の正体は、都知事の資質どころか人間性すら疑われる。

新党改革時代の舛添の不透明なカネの動きが発覚したのは1月下旬のこと。大新聞・テレビは一切報じないが、新党改革が銀行から借りた2億5000万円について、いずれも税金が原資の政党助成金や、所属議員の数に応じて支給される「立法事務費」で違法に返済したのではないか、という疑惑だ。

さらに舛添は、代表を務める複数の政治団体事務所を自宅に置き、「家賃」として妻が社長の「舛添政治経済研究所」に3年間で総額約1500万円を支払っていた。

一連の疑惑について、矢野氏はこう憤りを口にするのだ。
「すべて報じられている通りです。もとは国民の税金なのにひど過ぎる。振り返れば、反民主、非自民で国民の期待に応えようと新党立ち上げに協力しましたが、純粋な思いを大きく踏みにじられた感じがします。一体何のために新党をつくったのかという思いですよ」

矢野氏が続ける。
「そもそも新党改革は結党以来、一度も総会を開かなかった。党の活動実態もほとんどありませんでした。(代表代行として)代表の舛添氏に口頭で『党の方針を決めるべき』と何度も総会の開催を求めたのに、まったく聞く耳を持ちませんでした」

■当選しても猪瀬前知事の二の舞い

その後、党役員会の承認もないまま、党が2億5000万円もの巨額のカネを借り入れていたことや、不透明なカネの流れが判明したという。

「堪忍袋の緒が切れましたね。党の私物化ですよ。公金なのだから、きちんとした表の場で使途を明らかにしないといけないと思いました。そこで昨年2月から6月にかけ、複数回にわたって内容証明を送って党大会の開催や会計の公表を求めたのですが、舛添氏は一切応じませんでした」

いやはや、こんな男がかつて「総理に一番近い男」と呼ばれ、都知事の座に「王手」をかけているとは許せない。

「(舛添の都知事選立候補は)何を考えているのかと思いますね。仮に都知事になったら、この疑惑は都議会で必ず追及されますよ。前任者(猪瀬直樹)と同じ事態にまたなるわけです」

舛添事務所に、この問題の見解をあらためて聞いたが、何の回答もなかった。
 今からでも遅くない。都民は賢明な判断を下すべきだ。

(転載終わり)

【関連記事2】

▲「都知事の資格なし」舛添要一親族ははは介護のウソを今も許さない
(週刊文春1月30日号より抜粋)

「私の政治の原点は母親の介護です」
1月14日の都知事選出馬会見でこう言い放った舛添要一氏(65)。しかし、第一次安倍内閣の厚労相として入閣した当時、その”原点"を徹底取材した本誌は、舛添しの厚顔無恥ぶりに違和感を覚えざるを得ない。6年半ぶりに訪れた舛添氏の故郷、北九州市八幡東区で違和感はさらに膨らんだ。

本誌は、2007年9月から3会にわたって、「舛添要一、『消せない過去』」と題する記事を掲載した。舛添氏の介護体験が事実とかけはなれていたこと、四姉を養育するよう北九州市が要請したのに断っていた事実など、舛添氏の実像を浮き彫りにした。その核になる証言をしてくれたのが、11歳年上の長姉夫妻だったが、二人はすでに鬼籍に入っていた。長姉は三年前の一月にすい臓がんで、夫はその年の暮れに嘆願で亡くなっていたという。二人の娘である舛添氏の姪が語る。
「祖母のかいごのことを持ち出していましたが、事情を知る者にとっては本当に頭にきます。近所でも叔父の本当の姿を知って居る人たちは、誰も良くは言わないし、私もとても応援する気になれません。祖母簿介護問題が起こるまでは、叔父さんは規制する度にうちに寄って奥さんも何度もつれてきたこともあり、仲良くしていたのですが・・・」

舛添氏は1998年に『母に襁褓をあてるときー介護 闘いの日々』を出版、認知症が進む母・ユキノさんを介護した体験と、介護を巡って長姉夫妻と対立し、絶縁まで至った経過を赤裸々に描き、長姉のことを箇条までに罵った。

一方、長姉は六年半前の本誌に「要一が本で書いている内容は、全部反対の話だとりかいしてもらったらいい」と語った。

(抜粋終わり)

▲都知事選で【脱原発】の細川候補と【原発推進】の舛添候補は一見対立しているかのような構図だが実は対立していないのだ!細川候補は安倍自公政権が推薦する舛添候補に真っ向から対決する野党候補ではなく宇都宮候補こそが真正の野党候補なのだ!

誰が真の野党候補なのかの検証なくしてイメージだけで舛添候補の都知事当選を阻止するために野党統一候補として宇都宮候補を降ろして細川候補へ一本化せよと主張し行動する「脱原発 都知事選候補に統一を呼びかける会」の進歩派文化人たちは「オピニオンリーダー」ではなく「オピニオン・ミスリーダー」だろう!

まず最初に細川候補が熊本県知事(1983年2月11日 - 1991年2月10日)として行ったことを検証する。

1)水俣病患者の切り捨て

水俣病患者の訴えを拒絶し公害企業チッソを擁護し熊本県の行政責任を認めずあくまでも裁判で争うと冷たく言い放った。水俣病問題から徹底的に逃げ回り水俣病患者たちからは「あれほど冷たい知事は初めてだ」と言われた。未認定患者の救済などの問題は全く進展せず患者の苦しみが続いた。

2)第三セクター鉄道への出資拒否                    

旧国鉄「高森線」が第三セクター鉄道「南阿蘇鉄道」に転換した時「赤字必至の鉄道にやるカネはない」と熊本県からの出資を拒否した。そのため沿線の村や町が単独で出資せざるをえなくなった。

3)リゾート開発に多額の税金投入

土地バブル景気に便乗して熊本県のリゾート開発に熱心に取り組み阿蘇や天草のリゾート施設建設や別荘地、ゴルフ場造成に惜しみなく税金を投入した。結果は廃墟と借金の山。
→細川候補は安部自公政権が強行する「TPP参加」の先取りである【戦略特区】を推進するだろう!

4)地方政治の失敗から国政へ

それらの問題を全部放り投げて中央政界に進出し佐川急便から多額のカネを受け取り首相になった。

→細川候補の父護貞は息子の首相就任時をまったく喜ばず「あれの性格ではいずれ投げてしまいます」と言って周囲を唖然とさせた。(Wikipediaより)

次に1993年8月9日から1994年4月28日まで8か月続いた非自民・非共産連立政権の首相として行ったことを検証します。

1)小選挙区制の導入

1994年1月29日未明細川首相と自民党総裁河野洋平はトップ会談で中選挙区制を廃止して小選挙区300、比例代表(地域ブロック)200の小選挙区比例代表制度を決定し導入した。小選挙区制度を導入したことで民意が全く国会に反映できなくなった。

→2012年12月6日の衆議院選挙では自民党と公明党は全有権者の25%しか得票を得ていないにも関わらず衆議院の2/3の議席を占めた。

→2013年年7月21日の参議院選挙では自民党と公明党は全有権者の26%しか得票しなかったにも関わらず参議院の過半数の議席を占め自公政権の暴走を許すことになった。

2)落選議員を救済するために小選挙区比例代表制を導入

小選挙区で落選した候補者が救済されるようになった。

3)政党助成金制度の導入による政治家のモラル崩壊

国会議員一人あたり4700万円の使途制限なしの税金を【政党助成金】として政党に与える制度を導入した結果日本の国会議員は世界一の高額報酬と議員特権を享受する利権特権階層となりモラルの壊滅的破壊を引き起こした。

4)政治資金の二重取りが現在まで許されている

【政党助成金】導入は企業や労働組合などの団体の献金禁止が前提だったが現在も企業団体献金がそのまま残っており政治資金の二重取りが許されている。

5)政党執行部の独裁体制が確立

【小選挙区比例代表制】と【政党助成金】導入によって政党執行部は選挙公認権と巨額政治資金を独占することが可能となりと政党代表の独裁支配が可能となった。

そして細川元首相が20年ぶりに【脱原発】というワンイシューだけで小泉元首相と共に登場した理由は何なのかを検証する!

「脱原発」「原発ゼロ」だけを掲げて20年ぶりに小泉元首相とともに突然登場した【隠居老人】細川護煕(もりひろ)元首相の都知事選参戦は、【舛添対宇都宮】のガチンコ勝負に水を差し【安倍自公ファシスト政権】の暴走と原発推進に全面対決する宇都宮候補への支持を細川候補と二分させる高等戦術であり騙されてはいけないのだ!

結論として【利権特権を拒否するフツーの市民】は細川候補と小泉元首相の【偽装脱原発】に騙されず宇都宮候補の当選に全力を注ぐべし!

⑥【救援ノート】救援連絡センター発行\500

▲5.任意同行を求められたら (16-17P抜粋)

職務質問の上、逮捕でもないのにパトカーに乗せられたりして、警察署に連れて行かれることがあります。これおw警察は「任意同行」と呼んでいますが、本人の意思に反して連行しながらも「任意同行」というのはふざけた話です。警職法第二条二項によれば、あくまでも「本人にたいして不利益であり、または交通の妨害になると認められる場合」とありますが、実際には警察署やは派出所に連行hして、事情を聴く形で取り調べを行う場合も多いのです。
これは本来の刑事手続きに基づかない越権行為ですから、断固として帰ることを要求しましょう。警職法第二条三項にあるとおり、この場合は逮捕では成りませんから、どんなに遅くなっても警察署に止めることはできません。法的にも拘束力はありませんから、あまりひどい場合は、救援連絡センターや弁護士に電話をかけさせるよう要求するといいでしょう。
また、何らかの「事件」の被害者として警察に院移動講師、根ほり葉ほり聴き出そうとすることがあります。このような場合は、「被害届」に名を借りた取り調べですから、絶対に応じないようにしましょう。
さらに、職務質問のためではなく、現にある事件で行われtレイル操作のため任意同行を求められることがあります。これについては警職法のような、その要件を定めた法令は存在しません。任意の協力を求める形での操作でしかありませんから拒否できます。
いずれにせよ、あくまで「任意」ですから、はっきりと拒否することが必要です。「任意同行」に応じてしまった場合でも、一切調書には応じないように注意し亜m章。証拠tpして後に取り返しのつかないことになることがあります。  

▲追加!

一、取り調べとの闘い (70-71P)

1.黙秘で闘う

(1)黙秘するのって、本当は簡単なこと

取り調べに対しては、完全黙秘で闘います。黙秘とは、権力(警察・検察・裁判官など)と一言も口をきかないことです。会のように口を閉ざして、ただただひたすら黙っています。

黙秘するのは「難しい」と言われていますが、本当にそうでしょうか?とにかくただ黙っていればいいのですから、実は一番単純。明快・簡単で、やろうと心に決めたなら、誰にでもできることではないでしょうか。

もし政治的な事件で逮捕されたら、権力との間に何の対話もありえないことに思いを致してください。闘う思想が試されているのです。

もし政治的でない事件で逮捕されていても、黙秘権は自分の権利です。なにかやってしまった人も、濡れ衣の人も、あらゆる事件でたいほされている人が、黙秘権についてよく知り、きちんと権利を行使していって欲しいし、できると思います。

(2)完默こそ結一・最強の武器

完默(完全黙秘)とは。取り調べの最後まで黙秘を続けることです。完黙こそ、ほうりつのしろうとである非逮捕者が、この身一つで、取り調べの専門家と対等に戦うための、唯一・最強の武器です。

完全黙秘で闘うと、取り調べの主導権は完全にこちらのものになります。むこうは、「一言でも喋ってくれよ」と必死でなだめたり、すかしたり、脅したりしてきますが、それでも駄目だとなればしまいにはあきらめムード、「どうせ何も言ってくれないんだろう」と、黙って自分の本を読んでいたり、居眠りをしていることもあります。

事実関係はもちろん、氏名、住所についても黙っています。雑談もしません。爺文緒ことはもちろん、他の人のことも言ってはいけません。また、すべての長所への署名・捺印を拒否します。黙ったまま、取り調べ担当の警察官たちが言うことをしっかり聞いていて、接見にきた弁護士に報告し、相談します。

弁護方針については、色々な情報を集めることができて様子がわかっている外部の仲間や弁護士とよく相談して決めていきます。仲間や弁護士を信頼し、外のことは外に任せて、自分では獄中の黙秘の闘いに全力を集中しましょう。黙秘の闘いがあってこそ、有利な事情や証拠を集めて有効に闘いができるのです。

ちなみに供述調書は、被疑者が述べたとおりを記録したものではありません。検察官や検察官が要約。作文したもので、どう転んでも自分の気持ちにピッタリくるようなものではありません。どだい、あいてにわかってもらおうと思うのが無理な話です。もし不当にも基礎されたとしても、供述調書がなければ裁判で闘いやすくなります。

途中で喋ってしまったことでも、くじけずに踏みとどまって態勢をたてなおし、できるだけ早く完全黙秘にもdりましょう。

(終わり)

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[2014/02/16 18:40] | 未分類 | トラックバック:(0) | コメント:(0) |
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