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【YYNewsLiveNo2839】■『日本国憲法』と『大日本帝国憲法』は『断絶』せずに『継続』している!(No1)
いつもお世話様です。                          

【YYNews】【YYNewsLive】【杉並からの情報発信です】【YYNewsネット世論調査】を主宰する市民革命派ネットジャーナリスト&社会政治運動家の山崎康彦です!

本日火曜日(2019年08月20日)午後9時30分から放送しました【YYNewsLiveNo2839】の放送台本です!

【放送録画】89分02秒

https://ssl.twitcasting.tv/chateaux1000/movie/562614568

☆今日の最新のお知らせ

①昨日月曜日(2019.08.19)夜の『YYNewsLive』で放送しましたメインテーマ『誰も言わない『日本の真実』(No1)』の『YouTube表紙』です。

20190820誰も言わない日本の真実

【現時点での視聴者数】

【TwitCasting】: 358名  

【YouTube】: 1588名 
_________________________
計      1946名

②明日水曜日(2019.08.21)の【YYNewsLive英日語放送】はワセダクロニクル主催の『連続講座「アリンコの知恵袋」』に出席するため休ませていただきます。

▲ワセクロ連続講座2019「アリンコの知恵袋」開きます!

http://www.wasedachronicle.org/event/c32/

☆今日の画像

①セブン-イレブン・オーナーの妻・政代さん(52)が4月15日都内で記者会見を開き「家族で必死で働いてきた中、は次々に店舗を作り私たちを苦しめた。血も涙もない会社だ」と訴えた。(Blogos記事)

20190820セブンイレブン元オーナー記者会見

②第2次世界大戦中、フランスの親ナチス政権から通信社を取り戻し、AFPを設立した8人の記者。上段左からマルシャル・ブルジョン、バジル・テスラン、ジャン・ラグランジュ、ピエール・クルタッド、下段左からマックス・オリビエルカンプ、バンサン・ラテーブ、ジル・マルティネ、クロード・ルセル(1944年8月20日撮影)(AFP記事)

20190820AFP奪還記者8人

③映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』のポスター

20190820Peterlooポスター

☆今日の映像

①【Youtube映像】東條英機が語る天皇陛下 (日本語吹き替え)

https://www.youtube.com/watch?v=-25AVYEXRiM

☆今日の推薦映画

①『ピータールー マンチェスターの悲劇』

映画.COM

https://eiga.com/movie/89010/

劇場公開日 2019年8月9日

解説

「秘密と嘘」「ヴェラ・ドレイク」などで知られるイギリスの名匠マイク・リーが、19世紀初頭のイギリスで起きた事件「ピータールーの虐殺」を映画化。1819年、ナポレオン戦争後で困窮のさなかにあるマンチェスター。深刻化する貧困問題の改善を訴え、政治的改革を求める民衆6万人がセント・ピーターズ・フィールド広場に集まった。鎮圧のため派遣された政府の騎馬隊は、非武装の群衆の中へ突入していく。多くの死傷者を出し、イギリスの民主主義において大きな転機となったこの事件の全貌を、リー監督が自ら執筆した脚本をもとにリアルに描き出す。出演は「007 スペクター」のロリー・キニア、「博士と彼女のセオリー」のマキシン・ピーク。

2018年製作/155分/G/イギリス
原題:Peterloo
配給:ギャガ

(私のひとこと)この映画は『マンチェスターの惨劇』が起こった200年前のイギリスと今のイギリスが『同じ支配構造』のままであることを言っていない。今も当時と同じ『王政』が続き、今も当時の議会と同じ『貴族院』と『庶民院』が存続している。

☆今日のひとこと

①『東京裁判』における東条英機被告の陳述(1947年12月31日)

【映像】(Youtube映像)東條英機が語る天皇陛下 (日本語吹き替え)

https://www.youtube.com/watch?v=-25AVYEXRiM

東条英機被告は1947年12月31日に行われた『東京裁判』の被告陳述の場で『天皇陛下の戦争責任』を想起させる重大な証言をしている。

最初に質問に立ったキーナン首席検事は、東条英機被告に対して敵意に満ちた質問を容赦なく浴びせたが、なぜか『天皇の戦争責任』を追及する質問は一切しなかった。

しかし次にたった木戸幸一被告の米国人弁護人ローガン弁護人の質問に対して、緊張が解けたのか東条英機被告は『天皇の戦争責任』を想起させる次のような『証言』をした。

『日本国の臣民が陛下のご意思に反してかれこれするということはあり得ぬ』→ 戦争の開始は天皇の意思であった。

この東条英機被告の答えに驚いたウェッブ裁判長は思わず『あなたは今の答えがどういう意味を持つかわかっていますか』と発言している。

キーナン首席検事は最後に東条英機被告に『陛下は一貫して平和を望んでおられたが私の内閣や統帥部の進言にしぶしぶごご同意になったのが事実です』と言わしめたのである。
その後の裁判でこの『天皇の戦争責任問題』は二度と議論されることはなかった。

以下は上記映像の中のローガン弁護士と東条英機被告のやり取りを書き起こしたものである。
____________________________

ローガン弁護人:木戸被告に代わって質問します。

       木戸侯爵が、天皇の平和へのご希望に反して何か進言したという事例を一       つでも覚えていますか?

東条英機被告:そういう事例はもちろんありません。私の知る限りにおいてはありません       。のみならず、日本国の臣民が陛下のご意思に反してかれこれするという       ことは、あり得ぬことであります。いわんや日本の高官においておや。

ウェッブ裁判長:あなたは今の答えがどういう意味を持つかわかっていますか?

____________________________

(おわり)

☆今日の注目情報

①セブン-イレブン店舗乱立で閉店に追い込まれ失踪したコンビニ店オーナー妻が記者会見で訴え「本部は血も涙もない」

2019年04月15日 BLOGOS編集部

https://blogos.com/outline/371145/

2019年3月31日で閉店した「セブン?イレブン東日本橋1丁目店」(東京都中央区)のオーナー齋藤敏雄さん(60)が、本部から2月末に閉店の通知を受けた後に失踪していたことがわかった。

閉店に追い込まれた原因は、特定の地域に集中してフランチャイズ店舗などを出店するセブン?イレブン本部の「ドミナント戦略」だとして、オーナーの妻・政代さん(52)が4月15日、都内で記者会見を開き「家族で必死で働いてきた中、セブン-イレブンは次々に店舗を作り私たちを苦しめた。血も涙もない会社だ」と訴えた。【石川奈津美】

◆近隣にセブン?イレブン店舗が乱立し売り上げが激減、一家の食事は賞味期限切れの弁当に

同店は2010年2月にオープン。翌年の2011年以降、徐々に売り上げは上がりピーク時には1日で120万円を売り上げることもあったという。政代さんは「2013年には本部側の人から家を買ったらどうかと勧められ、ローンを組んで自宅を購入した」と話す。

しかし、状況は2014年に一変。向かいにあったローソンが撤退後、跡地にできたのはセブン-イレブンの別店舗だった。政代さんは「その話を聞いたのは、開店のたったの約2ヶ月前。話が違うと本部に訴えたが聞いてもらえず、せめて自分たちの店舗の近くではチラシを配らないで欲しいと訴えたがそれも聞き入れてもらえなかった」と話す。

1日に100万円ほどあった売り上げはその店舗のオープンを境に激減。1日に約50万円まで落ちた。

政代さんは、「貯金していた1000万円も3年くらいで全部なくなった。私は従業員の人件費を払うため、ドラッグストアで働きに出てその収入をアルバイトの給与に回していた」
「店の経営だけではなく、家族の生活もどんどん苦しくなった。食事は賞味期限が切れ販売できなくなった廃棄食品。靴下などの生活用品もすべてセブン-イレブンのものだった」と話す。

◆人手不足で近隣店舗とアルバイトの奪い合い

近隣に店舗ができたことは、売り上げ減だけではなく、深刻な人手不足も引き起こした。
「従業員の欠勤やシフトが足りない時は、穴を埋めないよう常に私や夫が日勤も夜勤も代わりに入っていた。じきに他店舗とは時給を上げるなどの競争が生まれ、『体調が悪くなった』と退職したアルバイトが、翌日、近隣の他の店舗で働いているのを見かけたこともあった」と政代さんは指摘する。

人手不足に苦しむ両親のために、2人の息子たちも学業の傍ら家業を手伝った。

「長男は中学校1年から週に3、4回手伝ってくれた。高校に入ると夜勤にも入り、外国籍のアルバイトに日本語を教えながらやっていた。次男も、高校に入ってからは週に3、4回シフトに入っていた」(政代さん)。

しかし、家族の必死な努力にもかかわらず、次々に近隣にセブン?イレブンの店舗がオープンし、売り上げは回復しなかった。大学に行く資金がないため、進学を諦め店で働いていた長男の栄治さん(当時19)は2014年9月、夜勤後に自ら命を絶った。

政代さんは「大学進学できなかったことが原因だったのではないか。本当に申し訳ないことをした」と涙ながらに打ち明ける。

◆「持病で死ねるかもしれないと思った」オーナーが失踪

今回、突然の閉店の通知を本部から受けたのは2月28日のことだったという。その翌日、敏雄さんは失踪。約1ヶ月後の3月26日夜に北海道旭川市内で警察に保護された。

敏雄さんは「寒いところに行けば、持病の心筋梗塞で死ねるかもしれないと思い向かった」と話しているという。敏雄さんは、現在も自宅におらず、人前で話せるような状況ではない。

閉店前日の3月30日、政代さんが私物を回収するために店舗を訪れたところ、すでに店内は片付けられ中はゴミ以外何もない状態だった。政代さんは入ることすら許されなかったという。私物は4月2日、突然、宅配便として自宅に届けられた。

現在、店舗があった場所の半径200メートル以内では、4軒セブンイレブンが営業しているという。

政代さんは、「セブン-イレブン本部は親で、私たちは子どものようなものだ。ドミナントでただ増やすだけだったら子どもたちが食い合うのは当たり前」だと憤りをあらわにし、
「長男まで亡くしながら必死で働いたにも関わらず、結局店も取り上げられ、夫も追い込まれた。本部はまったく血も涙もない、とんでもない会社だとわかった。本当に許せない。少しでも加盟店の働きに報いる気持ちがあるなら、その行動を取って欲しい」と訴えた。

(おわり)

☆今日の推奨本(朗読)

■【推奨本】ジム・ロジャース著『日本への警告』(講談社α新書2019年7月18日発行)

第九回朗読 (2019.08.08)

第二章 日本人が今克服すべき課題

●日本人女性は社会の不合理にもっと「NO」を (P45-47)

(1)今日のメインテーマ

■『日本国憲法』と『大日本帝国憲法』は『断絶』せずに『継続』している!(No1)

その第一の理由は、『日本国憲法』が『大日本帝国憲法』を破棄してゼロから起案・制定されたものではなく『大日本帝国憲法・第73条憲法改正』の規定に従って『改正』されたものであること。

その第二の理由は、『日本国憲法・上諭』にあるように、『大日本帝国憲法』下で日本国を統治していた同じ天皇(昭和天皇裕仁)が『日本国憲法』を『裁可し公布』しているからである。

以下に『日本国憲法』と『大日本帝国憲法』を比較して『継続性』を知るためにそれぞれの『憲法構成』と『重要条文』を記します。

▲『大日本帝国憲法』の構成

第1章 天皇

第1条 天皇主権

大日本帝国は、万世一系の天皇がこれを統治する。

第2条 皇位継承

皇位は皇室典範の定めるところにより、天皇の男系男子がこれを継承する。

第3条 天皇神聖

天皇は、神聖であって、侵してはならない。

第4条 統治大権 

天皇は、国の元首であって、統治権を総攬し、この憲法の条規により、これを行う。

第10条 官制大権及び任免大権

第11条 統帥大権

天皇は、陸海軍を統帥する。

第12条 編制大権

第13条 外交大権

第14条 戒厳大権

天皇は、戒厳を宣告する。

戒厳の要件及び効力は、法律をもってこれを定める。

第2章 臣民権利義務

第19条 公務への志願の自由
第20条 兵役の義務
第22条 居住・移転の自由
第29条 言論・出版・集会・結社の自由
第31条 非常大権

第3章 帝国議会

第34条 貴族院

第4章 国務大臣及枢密顧問

第5章 司法

第6章 会計

第7章 補則

第73条 憲法改正

▲『日本国憲法』の構成

上諭

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

前文

第1章 天皇(第1条-第8条)

第1条

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第2条

皇位は、皇室典範の定めるところにより、天皇の男系男子が、これを継承する。

第3条

天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

第4条

天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

第5条

皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。

第6条

天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。

天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

第7条

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。

2.国会を召集すること。

3.衆議院を解散すること。

4.国会議員の総選挙の施行を公示すること。

5.国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。

6.大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。

7.栄典を授与すること。

8.批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。

9.外国の大使及び公使を接受すること。

10儀式を行ふこと。

第8条

皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

第2章 戦争の放棄(第9条)

第3章 国民の権利及び義務(第10条?第40条)

第4章 国会(第41条?第64条)

第5章 内閣(第65条?第75条)

第6章 司法(第76条?第82条)

第7章 財政(第83条?第91条)

第8章 地方自治(第92条?第95条)

第9章 改正(第96条)

第10章 最高法規(第97条?第99条)

第11章 補則(第100条?第103条)

(No1おわり)

(2)今日のトッピックス

①昭和天皇、戦争を悔い退位に言及 改憲再軍備も主張、長官の拝謁記

2019/08/19 共同通信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190819-00000103-kyodonews-soci

田島道治初代宮内庁長官が記した1949年12月19日の「拝謁記」の一部。上から4~5行目には「イロイロノ情勢ガ許セバ退位トカ譲位トカイフコトモ考ヘラルル」と記している

昭和天皇が戦後、戦争への後悔や退位の可能性に繰り返し言及していたことが、19日公開された初代宮内庁長官の故田島道治による昭和天皇との詳細なやりとりを記した資料から明らかになった。戦前の軍隊を否定しつつ改憲による再軍備の必要性にも触れた政治的発言を、田島がいさめた様子が残されていた。資料は手帳やノート計18冊。田島は「拝謁記」と題していた。

拝謁記には、軍部が暴走した張作霖爆殺事件(1928年)や、青年将校による二・二六事件(36年)、太平洋戦争などに関する昭和天皇の回想が登場する。

②昭和天皇、戦争の反省語れず 吉田首相反対で、元長官が記録

2019/08/19 共同通信社

https://this.kiji.is/536015076816602209

初代宮内庁長官を務めた故田島道治氏が昭和天皇とのやりとりを記録した手帳やノート=19日午前、東京都渋谷区

初代宮内庁長官を務めた故田島道治氏が昭和天皇との詳細なやりとりを記録した資料が19日、公開された。昭和天皇は1952年5月に開かれた日本の独立回復を祝う式典で、戦争への後悔と反省の気持ちを表明しようとしたにもかかわらず、当時の吉田茂首相から反対され「お言葉」の一節が削除されていたことなど、これまで研究書で指摘されていた内容の詳細が明らかになった。

田島氏は48年、宮内庁の前身である宮内府長官に就任、49年から53年まで宮内庁長官を務めた。在任中、昭和天皇との会話の内容や様子を手帳やノート計18冊に書き留めていた。遺族から資料提供を受けたNHKが公表した。

③河北春秋(8/16):太平洋戦争を主導した首相東条英機は戦争は…

2019/8/16 河北新報社

https://this.kiji.is/534851538016912481

太平洋戦争を主導した首相東条英機は戦争は精神力の勝負だと考えていた。元秘書官が現代史研究家保阪正康さんに証言している。現実の裏付けのない精神論を、保阪さんは「これほどひどい非知性的な発言はない」と著書に記している

▼昭和天皇は1975年を最後に靖国神社に参拝しなくなった。東条らA級戦犯を合祀(ごうし)したからだ。2006年に公になった元側近のメモに、不快感を示したとある

▼靖国神社が昨年秋、当時の天皇陛下(現上皇さま)に19年の神社創立150年に合わせた参拝を求める異例の「行幸(ぎょうこう)請願」を宮内庁にしていたことが分かった。宮内庁は代替わりを控え多忙などを理由に検討そのものを見送り、靖国側も断念した

▼靖国神社の前身「東京招魂社(しょうこんしゃ)」は戊辰戦争の新政府軍戦死者らを弔う明治天皇の意向で建てられた。戦没者らの慰霊、顕彰を担う中心は天皇本人だが、不参拝が続く。靖国側は「平成の御代(みよ)のうちに天皇陛下の参拝を」と焦っていたという

▼無謀な戦争に導いた責任者と戦没者が一緒に祭られることに違和感を持つのは遺族ばかりではない。合祀で靖国神社は自縄自縛に陥った。宗教法人の靖国への公人参拝は政教分離の問題もある。戦没者の慰霊はどうあるべきか、改めて幅広く議論する時期ではないか。

④韓国政府、日本政府に福島の汚染水の処理計画に関する説明を要求

2019/08/20 ハンギョレ新聞

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190820-00034141-hankyoreh-kr

在韓日本大使館の西永知史公使が今月19日午前、政府ソウル庁舎外交部庁舍を訪れている。韓国政府は日本の福島原発の汚染水の海洋放出問題と関連し、政府の立場が書かれた口述書を手渡した=ペク・ソア記者
「海洋放出計画」の事実関係など  日本大使館の公使呼び出し、公式回答求める

韓国政府は、日本の福島原発の汚染水問題と関連し、19日に在韓日本大使館の西永知史公使を呼んで、汚水処理計画に対する日本政府の公式回答を求めた。

クォン・セジュン外交部気候環境科学外交局長は同日午前、在韓日本大使館の西永知史公使を外交部庁舍に呼び、日本が福島原発汚染水の海洋放出を計画しているという国際環境団体の主張と関連して、韓国政府の立場が書かれた口述書(外交文書)を渡した。政府は口述書で「福島原発汚染水の処理結果が両国国民の健康と安全、さらには海でつながった国全体に及ぼす影響を非常に厳重に認識している」と明らかにした。

さらに、原発汚染水の海洋放出に対する最近の報道と国際環境団体の主張と関連し、事実関係の確認と今後の処理計画などに対する日本政府の公式回答を要請した。特に、汚染水海洋放流計画があるかどうかに関する具体的な回答を求めた。さらに、日本国内の関連議論の動向を定期的に共有するよう要請する一方、国際社会にも福島原発処理計画などを含めた対策をより透明かつ具体的に説明してほしいと要求した。

最近、国際環境団体「グリーンピース」ドイツ事務所のショーン・バニー首席原子力専門家は「日本の安倍内閣と東京電力が福島第1原発にある高濃度放射能汚染水100万トン以上を太平洋に放出する計画を推進している」という内容の文を「エコノミスト」に寄稿した。西永公使は同日「グリーンピースの主張は日本政府の公式立場ではない」という趣旨で説明し、「日本が情報共有のために努力していないというのは事実ではない」と述べたという。

21日、中国北京で開かれる予定とされる韓日外相会談でも福島汚染水問題が話し合われるものとみられる。

パク・ミンヒ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

⑤れいわ山本太郎代表に飛び交う「10.27参院補選」出馬説

2019/08/20 日刊ゲンダイ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/260479

10・27参院補選は山本太郎にメリットが大きい(C)日刊ゲンダイ

来年夏に行われる都知事選への出馬が囁かれている、れいわ新選組の山本太郎代表。本人も「選択肢として排除しない」と否定はしていない。

しかし、1年後の都知事選ではなく、今年10月27日に行われる参院埼玉選挙区の補欠選挙への出馬説が浮上している。手を挙げたら注目が集まるのは間違いない。

補欠選挙が実施されるのは、埼玉県選出の参院議員だった国民民主党の大野元裕氏が、埼玉県知事選に出馬するために辞職し、欠員が生じたためだ。

大野は2016年の参院選で再選され、任期を3年残している。もし、山本氏が出馬すれば、当選する可能性が高い。

「補欠選挙には、知事5選を断念した上田清司知事の出馬が噂されています。ただ、体調が万全ではないのではないか、という話が流れている。知事を4期も務めた後、参院議員に転身することに批判の声もあります。上田さんは、もともと旧民主党の衆院議員でしたが、野党が一致して推すかどうか。一方、自民党も簡単には候補者を擁立できない。もし、自民党候補が当選したら、3年後の参院選の時、現職の自民党議員と戦わなければならなくなるからです」(県政関係者)

■安倍・自民には最悪のタイミング

10・27補選への出馬は、山本氏にとってメリットが大きいという。まず、国会議員になれば、大手メディアも無視できなくなり、発信力が格段に高まるのは確実だ。

さらに、これから本格化する野党再編もイニシアチブが取りやすくなる。

しかも参院議員は、都知事と比べて、急きょ解散総選挙があった場合、任期途中で辞めて衆院選に出馬しても批判は少ない。

30年前、日本新党を立ち上げた細川護熙氏も、参院議員に当選後、衆院に鞍替えし、そのまま首相に就いている。

逆に安倍首相にとって、10・27補選は最悪のタイミングだという。政治評論家の山口朝雄氏が言う。

「10月27日は国会会期中のうえ、参院選後、最初の国政選挙だから注目度が高い。しかも、消費増税を実施した後になる。自民候補の惨敗は、“アベ政治への審判”と受けとめられるでしょう。もし補選に出馬するなら、山本代表は持論の消費税廃止を徹底的に訴えるはずです。補欠選挙でまた山本人気に火がつきかねない。自民党はそれだけは避けたいでしょう」

安倍官邸は戦々恐々としているのではないか。

⑥大韓航空が日本路線を見直し 運航休止、大幅に

2019/08/20 共同通信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190820-00000066-kyodonews-bus_all

韓国・仁川空港の大韓航空機=3月(聯合=共同)

【ソウル共同】大韓航空は20日、日本と韓国を結ぶ路線を大幅に見直すと発表した。9月16日から釜山―関西、11月以降に済州―成田、済州―関西をそれぞれ運航休止とするほか、9月下旬から11月中旬まで仁川―小松、仁川―鹿児島を、9月下旬から10月下旬まで仁川―旭川をそれぞれ一時的に運航を取りやめるという。

日韓関係の悪化に伴う訪日客のキャンセルが相次ぎ、収益性が低下したのが理由。日本の地方空港とを結ぶ他の路線でも減便を計画している。大韓航空は7月に札幌と釜山を結ぶ路線の運航停止を発表していたが、今回のような大幅な路線見直しは初めて。

(3)今日の重要情報

①ナチスから通信社を奪還した8人の記者、1944年AFP通信の誕生

2019年8月20日 AFP日本語版

https://www.afpbb.com/articles/-/3239634

第2次世界大戦中、フランスの親ナチス政権から通信社を取り戻し、AFPを設立した8人の記者。上段左からマルシャル・ブルジョン、バジル・テスラン、ジャン・ラグランジュ、ピエール・クルタッド、下段左からマックス・オリビエルカンプ、バンサン・ラテーブ、ジル・マルティネ、クロード・ルセル(1944年8月20日撮影)

【8月20日 AFP】フランス通信(AFP)は、第2次世界大戦(World War II)の混乱のさなかに創設された。仏パリでレジスタンス活動が激しさを増していた1944年8月20日、親ナチス政権の手中にあった通信社に押し入り、編集部を奪還したジャーナリストらによってAFPは誕生した。

その前日には、レジスタンスのリーダー、アンリ・ロルタンギ(Henri Rol-Tanguy)が、4年間にわたってパリを占領していたナチス・ドイツ(Nazi)に対して蜂起するよう市民に呼び掛けていた。

■ナチスのプロパガンダ機関

8人のジャーナリストたちは午前7時、パリ中心部のブルス広場(Place de la Bourse)にある証券取引所近くの崩れかけた建物の前に集まった。その建物には、フランス情報局(OFI)が入っていた。

そこは以前、世界初の通信社「アバス通信(Agence Havas)」の本社だったが、1940年にフランスの親ナチス政権が国有化し、OFIを設置していた。

踏み込んだジャーナリスト8人のほとんどは、アバス通信の元編集者だった。その一人だったジル・マルティネ(Gilles Martinet)は、2004年のラジオインタビューで当時を振り返り、OFIは「ドイツのプロパガンダ機関となっていた」と語った。

■「動くな」

ほどなくしてジャーナリストの一団に、パリ解放を計画していたレジスタンス委員会から派遣された警官2人が加わった。武器を所持していたのはこの警官2人だけだった。

彼らは階段を忍び足で上ると、一斉に通信社になだれ込んだ。中にいた10人が驚いて頭を上げた。

「動くな。誰もここから離れるな」。ジャーナリストたちの中で最年長だったマルシャル・ブルジョン(Martial Bourgeon)が叫んだ。「今から君たちは、ドイツのためではなく、フランスのために働くことになる」。その場にいた1人のドイツ人検閲官は地下室に連れて行かれ、監禁された。編集長はジル・マルティネが務めることになった。

ジャーナリストたちはすぐに仕事に取り掛かった。最初に行ったのは、ひそかに地下新聞を発行していたグループらと連絡を取り合うことだった。

■第一報

午前11時半、業務再開を知らせる第一報が伝えられた。

「すべての自由な新聞に奉仕するため、AFPは報道機関の義務である厳格な客観性に基づき、入念に確認および検証されたニュースを配信することを保証する」

この第一報ではまた、消息を絶ったジャーナリストやナチスの秘密警察ゲシュタポ(Gestapo)に捕らえられたジャーナリストらに対する敬意も表された。

■パリ解放

その後数日間、記者らはフランス軍の第一陣がパリに到着するのを待ちながら、自転車で市内を走り回った。仏軍到着のスクープをものにしたのは8人のジャーナリストの一人、バジル・テスラン(Basile Tesselin)だった。警察本部内に張り込んでいたテスランは8月25日、署長の洗面所から電話回線でそれを伝えた。

「(フィリップ)ルクレール(Philippe Leclerc)将軍が午前8時45分、オルレアン門(Porte d'Orleans)を通ってパリに入った。辺りは言い表せないほどの熱狂の渦に包まれている」

そのわずか数時間後、ドイツ軍降伏の報が飛び交った。パリはついに解放された

(おわり)

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【杉並からの情報発信です】【YYNews】【YYNewsLive】
情報発信者 山崎康彦
メール:yampr7@mx3.alpha-web.ne.jp
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