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【YYNewsLive】■伊藤博文、明治天皇、昭和天皇、岸信介、安倍晋三のルーツ『田布施マフィア』とは何か?
いつもお世話様です。                          

【YYNews】【YYNewsLive】【杉並からの情報発信です】【YYNewsネット世論調査】を主宰するネットジャーナリスト&社会政治運動家の山崎康彦です。

本日火曜日(2017年5月23日)午後8時30分から放送しました【YYNewsLiveNo2271】の放送台本です!

【放送録画】62分43秒

http://twitcasting.tv/chateaux1000/movie/374645303

☆今日の画像

①特高が小林多喜二を拷問で殺した!

20170523小林多喜二拷問

【関連情報】

▲小林多喜二の最期 (Wikipediaより抜粋)

https://goo.gl/yVnvd4

1933年2月20日、共産青年同盟中央委員会に潜入していた特高警察のスパイ三船留吉からの提案により、赤坂の連絡場所で三船と落ち合う予定で、共産青年同盟の詩人今村恒夫とともに訪れた。その待ち合わせ場所には、三船からの連絡により張り込んでいた特高警察が待機していた。小林はそこから逃走を図ったが、逮捕された。同日築地警察署内においての取調べについては、今村から話を聞いた江口渙が戦後発表した「作家小林多喜二の死」という文章を、手塚英孝が『小林多喜二』で紹介している。それによると、警視庁特高係長中川成夫(警部。のちに滝野川区長、東映取締役)の指揮の下に、小林を寒中丸裸にして、まず須田と山口が握り太のステッキで打ってかかったとある。その後、警察署から築地署裏の前田病院に搬送され、19時45分に死亡が確認・記録された。

新聞報道によると、2月20日正午頃別の共産党員1名と赤坂福吉町の芸妓屋街で街頭連絡中だった多喜二は築地署小林特高課員に追跡され約20分にわたって逃げ回り、溜池の電車通りで格闘の上取押さえられそのまま築地署に連行された。最初は小林多喜二であることを頑強に否認していたが、同署水谷特高主任が取調べた結果自白した。築地署長は、「短時間の調べでは自供しないと判断して外部からの材料を集めてから取調べようと一旦5時半留置場に入れたが間もなく苦悶を始め7時半にはほとんど重体になったので前田病院に入院させる処置を取り、築地署としては何の手落ちもなかった」との説明を行なっている。なお、小林死亡時の警視庁特高部長は安倍源基で、その部下であった中川、特高課長の毛利基(戦後、埼玉県警幹部)、警部山県為三(戦後、スエヒロを経営)の3人が直接手を下している。

警察当局は翌21日に「心臓麻痺」による死と発表したが、翌日遺族に返された小林の遺体は、全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて遺体の解剖を断った。母・セキは遺体を抱きしめて「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか!」と叫んだ[8]。死に顔は日本共産党の機関紙『赤旗』(せっき)が掲載した他、同い歳で同志の岡本唐貴により油絵で描き残され、千田是也が製作した[9]デスマスクも小樽文学館に現存している。『中央公論』編集部は、多喜二から預かったまま掲載を保留していた『党生活者』の原稿を『転換時代』という仮題で『中央公論』(1933年4-5月号)に、遺作として発表した。全体の5分の1にわたり伏字が施された。3月15日には築地小劇場で小林の労農葬が執り行われた。
最後の小説は、1933年(昭和8年)1月7日に書きあげ、『改造』3月号に発表の「地区の人々」。評論は、『プロレタリア文学』2月号、プロレタリア文化』3-4月号に掲載の「右翼的偏向の諸問題」。

小林多喜二が死亡した当時の内務省警保局局長の松本学(岡山県出身)は、前年の五・一五事件の直後に局長に任じられていたが、退官後は昭和天皇から貴族院勅選議員に任命され、戦後は中央警察学校(現警察大学校)校長を務めたのち、日本港湾協会会長、社団法人世界貿易センター会長、自転車振興会連合会会長などを歴任した。

②日本が三権が分離・独立していない証拠写真!

行政権(内閣)トップの安倍晋三が自分たちが起案し閣議決定し国会に提案した共謀罪法案を国会議員として賛成票を入れている!

201270523首相が一票

③国連プライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏

④共謀罪法案への国連特別報告者の指摘と日本政府の反論(東京新聞記事)

⑤安倍晋三、共謀罪審議のさなか朝日新聞を“テロ認定!

20170523言論テロいいね!

(1)今日のメインテーマ

■伊藤博文、明治天皇、昭和天皇、岸信介、安倍晋三のルーツ『田布施マフィア』とは何か?

▲DVD『鬼塚英昭が発見した日本の秘密』(成甲書房)より

【YouTube】『日本の真相No1』

https://www.youtube.com/watch?v=igJ12gwRtvQ

(書き起こし)

今日は日本の歴史について話したいと思います。それも近代から現代にかけて、
明治・大正昭和にかけて、みなさんに語りたいと思います。なぜその近 代とい
うものが大事かというと、近代を知ることは、今、平成の時代に起きていること
を知ることができると思っているからです。で、まず最初にです ね、とんでも
ないって思われる方がいらっしゃるかも知れませんが・・・明治が始まる前、幕
末のことを少しだけしゃべりたいと思います。

私がたぶん2006年の10月と思うんですけど、山口県の柳井(やない)市と
いうところに行きました。そこにもうかなり高齢なんですが、松重楊江 (まつ
しげようこう)さんという方が住んでおります。その人を訪ねて行きました。
で、彼に会い色んなことを聞きました。彼の本もその前に読んでお りました。
どうしても彼に会って本当のことを聞きたいと思って、色々な質問をしました。

柳井市というのは瀬戸内海に面した、山口県の広島寄りのところにある地なんで
す。光町(ひかりまち)というのがあって、柳井市というのがありま す。その
光町と柳井の間に、熊毛郡田布施町(くまけぐんたぶせちょう)という町があり
ます。光町はかなり平野で、商業地帯で工業面も盛んです。柳井市も同じよう
に小都市ではありますが、かなり平野部分があります。その光町と柳井の間に山
が曲りくねるように競って、海に流れ落ちてるような狭 い土地があります。

『熊毛』というのは、山が曲りくねるとか湾曲しているとか、そういう状態を日
本人は昔から『熊毛』と言ったらしいんです。それで『熊毛』という町 が日本
にも沢山ありますが、大体そういう所を『熊毛』といっているみたいです。極端
にいうと人が住むのにあまり適さないような所なんです。で、そこに田布施町
というのがあります。海辺の、海に近い所なんですが、熊毛郡田布施町というの
は、田畑もあまりなく、ほとんど雑草が生い繁るような所です。今でもコンビ
にがある程度ですね。商業地帯はほとんどない寂しい部落なんです。光市と柳井
市にはさまれた寂しい市にですね、日本史の歴史の 秘密が隠されています。田
布施町と柳井の間に田布施川という川が流れています。その川の両岸から、大正
から昭和それから戦争の前後にかけて凄い人材が出てきます。

ちょっと例を挙げてみましょう。明治から大正昭和期にかけて、明治では伊藤博
文、ま、ちょっと場所が離れますけど山縣有朋、それから時代が昭和に 近づく
につれて、岸信介・佐藤栄作の兄弟、それから田布施川を挟むようにして、代議
士では難波作之助、これは難波大助という皇太子を銃でうとうと した男のお父
さん、国光五郎これも代議士、で、私が注目するのは岸信介と並び3スケという
のがいまして、鮎川義介(ぎすけ)・日産コンチェルンの総帥、久原房之助(くはらふさのす
け)・日立グループの総帥、松岡洋右・戦前の外務大臣。まだいくらでも いま
す。共産党の書記長であった実力№1の宮本賢治、マルクス主義を世に広めた京
大教授の河上肇、法律界の大御所といわれた岩田宙造、戦後最後の 内務相の憲
兵を組織して『日本のいちばん長い日』を演出した内務相トップの安部源基。こ
ういうのが一度に溢れ出るように、田布施の町の周辺から登 場するわけです。

なぜでしょうか。でね、そこの原因をたどる時に、どうしても一人の男にたどり
つきます。私が田布施に行きまして、松重楊江という人に会って秘密を 聞きま
した。松重楊江は私にこう言いました。「ここのそばに田布施川という小さな川
がある。そこの田布施川-そのひとは柳井に住んでいます-を 渡って、あの山
の向こうの方から老人がいつも野菜を売りに来ていた。」

その時に私が色々雑談をしている時に奥さんも傍にいまして、奥さんもそう言い
ました。「そういつも野菜を売りにきていた」と。ところが時々変なこ とを言
う。何を言ってんだといったら、『うちの爺ちゃんは明治天皇や』と言うてるん
ですよ。で、松重楊江も笑っていたそうです。でも彼は宮本賢治 の家のそばで
宮本賢治の一族ですから、東京で共産党の幹部まで行き、宮本賢治の秘書になる
ような男です。故郷に帰ってきてダンボール工場をやった ところが成功して、
いっぱしの工場の経営者となり、息子に後を譲ってました。優秀な男なんです。
で、どういうことかというと『うちのお爺ちゃんが 大室寅之佑(おおむろとら
のすけ)といって明治天皇になったんだ』というわけです。

話を聞いてみると何か辻褄が合うような気がする。それで色々調べているうち
に、ひょっとしたらこの大室近佑(おおむろちかすけ)という老人が私に 喋っ
ているのは本当のことじゃないかと思い、萩の郷土史家を連れてきて調査した。
萩の郷土史家とともに、山口県の郷土雑誌に『変な老人の話 で・・』というよ
うなことで記事を書いた。それを中央の鹿島昇という弁護士が読んで、松重楊江
のところに訪ねて来ました。彼が言うのには「私は大 室近佑の言う話を信じる
から、近佑に会わせろ」と言った。で、まあ、近佑に会う。

それで鹿島昇と松重さんは-その当時はまったく歴史家じゃないんですけど-触
発されて二人で本を出そうじゃないかと言った。それから松重楊江は近 代史に
のめり込むわけなんです。そして独自に調査をやり、大室寅之佑が明治天皇に
なった過程を、沢山の本に執筆するわけです。私も彼の本に刺激を されて『天
皇のロザリオ』『日本のいちばん醜い日』に、彼の話を中心に引用するわけで
す。で、私はそこで止まれば別ですけど、背景を探ろうと思い まして、幕末か
ら明治にかけての色んな文献を当たっていく過程で納得しました。たぶん間違い
なく大室寅之佑が明治天皇になったんだと。

正当な歴史家には非常に申し訳ない話なんです。というのは、ある時私の所に電
話がありました。

「もしもし鬼塚さんですか」
「はい」
「私はあのー歴史をやってるもんですが」
「何ですか?誰ですか?」
「秦(はた)といいます」
「秦って、先生あのー、秦郁彦(いくひこ)先生ですか?」
「そうです。あなたは、あなたの書いてる本の中で大室寅之佑を明治天皇と書い
ていますが証拠はあるんですか?」

と言われますから、私は数々の証拠を言いました。すると彼はこう言いました。

「大室寅之佑の戸籍を見たことがありますか?」
「いやありません」
「戸籍が無い人を、どうして明治天皇だったと言えるんですか?大室寅之佑は本
当に存在したんですか?」

で、幾度も同じ質問をするので色んな面から説明したけど、彼は納得しませんで
した。
で、それで今言ったように、田布施を中心とした付近から出てきた人も喋り、

「先生、宮本賢治も、野坂参三は少し場所が離れますけど、同じ山口出身ですよ」

と言ったら、彼はポッと言いました。

「鬼塚さん、私はそのことは詳しいよ」
「先生、どうして詳しいんですか?」
「私もその一族だ。田布施の川の近くで私は生まれ育った」

それで私はぴんと来ました。そうか。
歴史を隠そうとするべく現代史の大家になったのかと。
一時間くらい色々喋りました。結局、彼は最後まで

「大室寅之佑の戸籍が無いのに、どうして存在するのか?」

と言って最後は話が別れました。

戸籍が見たことがないから現実とは違うんじゃないか、という話には納得しませ
ん。明治天皇になった大室寅之佑を京都の御所に訪ねて、イギリスの外 交官た
ちが謁見します。その時にイギリスの外交官の一人が日記に書いています。『御
簾(みす)の中に大男がいた。顔色は真っ黒だった。唇に赤い紅 を差してい
た。とても異様であった』。これは本当に異様な話なんです。孝明天皇というの
は肖像画も残っていますが、細面の男です。そして睦仁(む つひと)というの
がその子どもですけど、中山慶子(よしこ)と孝明天皇の間に生まれたのが明治
天皇になる睦仁です。明治天皇になった大室寅之佑は 中山慶子に一回も面接し
ていません。僕はずいぶん調べました。一回も面接しない親子というのがあるで
しょうか?ドナルド・キーンというのが明治天 皇について書いてます。彼は一
回だけ面接したというのを創生し親子の情を書いていますが、それとて一回だけ
しか面接をしたことがない。親子であり ながらしかも一回も会ったことが無い
というのは、これはもう正常ではありません。

それで中山忠能(ただやす)は公卿なんですけど日記をつけていて、『睦仁とい
うのは非常に身体が弱くて細くていつも泣いていた』と。そしてまたあ る日記
に突然彼は『奇兵隊天皇が生まれた』と書いてます。奇兵隊というのは高杉晋作
が創り、大室寅之佑もそれに参加しました。特に身体が大きかっ たから、『力
士隊』というのがありましたがその一員です。その『力士隊』の一員である大室
寅之佑は、伊藤博文が大事に育てました。伊藤博文の家は 大室寅之佑の家から
歩いても、昔の人だったら30分ぐらいで行くんじゃないでしょうか、近いとこ
ろに住んでいます。彼は伊藤博文に大事に育てられ て、明治天皇に仕立てられ
たと私は思うんです。それは『奇兵隊天皇』という言葉を、中山慶子のお父さん
がはっきり書いています。

そして朝彦(あさひこ)親王というのがいまして、これはショウレイインという
悪名を持つ坊主が、天皇にほとんど関係がないんですけど、明治天皇が 出来た
ときに万が一の場合に皇統が消えたら悪いというので、いくらか孝明天皇につな
がりのある男を探したらおりました、それを朝彦親王として、そ こから日本の
あの皇族たちが全部生まれて来ます。明治の皇族たちはみんなそこから、その家
の子どもたちです。朝彦親王も『明治天皇は毎日将鬼の幽 霊を-孝明天皇が亡
霊として将鬼の姿として現れ-毎日泣きじゃくっている』という日記を残してい
ます。

もう一つ大事なことがあります。みなさんはご存知かもしれませんが、『徳川家
康』を書いた山岡荘八というのがいます。大ベストセラーでした。この 人が
『明治天皇』という小説を書いています。不思議なことに明治時代になっての天
皇を書かず、孝明天皇とその妃のことを書いています。その中で明 治天皇が小
さい時のことを書いていまして、近所で豆腐屋が通って笛を吹くと「トーフィ、
トーフィ」と言ったそうです。京都の八瀬童子という所の部 落がありまして、
天皇の葬式のときは棺を担ぐ役をしてまして、どうも中山慶子はそこの生まれで
あろうと山岡荘八は書いています。中山家の兄妹にな る息子が中山忠光といい
ますけど、この人が長州の人によって殺されます。逆らったんですね。殺されま
す。そういう具体的なことを山岡荘八は書い て、『明治天皇』という題をつけ
ています。山岡荘八は見事に明治天皇誕生の裏を描いていますが、ただ孝明天皇
も睦仁も殺されたというところには一 行も、まあ触れられなかったと思います
ね、戦後書いてますから。

去年、東京大学でフランス展がありました。偶然私は東京にいまして、東大に
行ってフランス展を見に行った折に、明治天皇を隠し撮りした写真が東大 の資
料館で飾ってました。大男です。今の相撲取りでいったらどうでしょうか、百何
十キロの大男です。これが明治天皇の姿なんです。泣きべそってい た子どもが
突然東京に現れたら、西郷隆盛と相撲を取り江戸城で白馬を乗りまわしたという
有名な話があります。そりゃそうでしょう。大男です。『力 士隊』にいた男に
間違いありません。色が真っ黒くて大男でブサイクな男です。キョソーネという
人が描いた肖像画による明治天皇とは似ての似つかん 姿です。これはフランス
の人が発表し東大が認めて明治天皇の写真として発表してるんだから、これこそ
間違いありません。

ということは、私たちは田布施という町の、これははっきり申しますと朝鮮部落
です。なぜ朝鮮部落かと申しますと、そうですね、これはちょっと語り にくい
話なんですけど、歴史的にいいますと山口県は長州藩になる前に大内藩だったん
です。守護大名・大内家がずっと支配してました。大内家は完全 な、本人たち
も言ってますが朝鮮人です。大内家の家臣が毛利が侵入して負けたために散って
いくわけです。彼らが散り散りになって、ほとんどが部落 民にされるわけで
す。この過程は上智大学の神学部の教授が『遥かなる高句麗』という本の中に
はっきりと書いています。

まだあります。2006年10月6日か8日号の週刊朝日に『家政婦は見た!阿
部晋太郎研究』というのが出ました。安部晋三は岸と佐藤栄作の直系の 一族で
す。その一族の安部晋三のお父さんの晋太郎が死んで棺に入る時に、家政婦を
ずっとやって晋太郎を子どもの時から育てた久米うめさんという女 性が週刊朝
日の記者に言ってます。「死ぬ時初めて分った。日本人の体型ではない。朝鮮人
の体型だ。棺に入れるとき初めて全体の姿を見た。晋太郎は 生前いつも口癖の
ように私に言ってた、『俺は朝鮮人だ、俺は朝鮮人だ』。私はまさか晋太郎が朝
鮮人とは思わなかったけど、死ぬ時に棺に入れる姿を 見て、ああこれは日本人
ではないということを認識した」。

ということはそういう面から見ても、あの部落は私も行ってみましたけど朝鮮部
落です。そして非常に寂しい所なんです。そこからあの周辺の人が、日 本を支
配する人が沢山出て来るということは、大室寅之佑が明治天皇になったというこ
との証しではないでしょうか。例外があるでしょうか。2キ3ス ケといって、
2キは東条英機と星野直樹ですが、3スケといわれるのは先ほどいいました岸信
介・松岡洋右・鮎川義介この3人が期せずして一致して満 州帝国を創ります。
そして膨大な利益を上げます。

※「2キ3スケ」とは満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者のこ
と。「弐キ参スケ」は彼らの名前の末尾からつけられた。東條英機 (とうじょ
う ひでキ、関東軍参謀長)星野直樹(ほしの なおキ、国務院総務長官)鮎川義
介(あいかわ よしスケ、満業(満州重工業開発株式会社)社長)岸信介(きし
のぶスケ、総務庁次長)松岡洋右(まつおか ようスケ、満鉄総裁)。5人のう
ち、鮎川義介・岸信介・松岡洋右の3人は満州三角同盟とも称された。(ウイキ
ペデイアより転載)

細川護貞(もりさだ)『情報天皇に達せず』という本があります。この本により
ますと、東条があの当時数億円単位の金を政界工作に使ったとありま す。岸信
介が東条を追い落としたのは、近衛が秘書の細川に言ってます「あれはお前が言
うような、世間で言われているような話じゃない。東条が金を バラまきすぎた
のを岸信介がみんなに訴えて、東条を失脚させたんだ」ということです。東条は
一族ではないために、金をたくさん貯めて日本の銀行に 戦後入れます、そして
戦犯で殺されますが、預金封鎖になって全財産を無くします。岸信介はちゃんと
天皇と同じようにスイスの銀行に預けたために、 岸信介・佐藤栄作・安部一族
は大金持ちです。今、安部晋三が総理大臣になれたのも、最終的にはそのお金が
役に立ってるんです。ということを持って 私は大室寅之佑が明治天皇になった
と、まずここから考えますと日本の歴史が見えてきます。

コンプライアンスというのは「情け」とか「いい加減」とか「気まぐれ」とか
「気休め」、それにドールをつけてコンプラドールという言葉がありま す。こ
れは要するに外人がオモチャのように使えるような、気休めの人材を集めて自由
自在に操り、その国を支配するということです。中国にアヘン戦 争をしかけ
て、香港・上海銀行を中心に支配していくユダヤ人たちは、中国人の連中をコン
プラドールとして使いました。同じように日本人をいちばん 大事なところで、
権力の中枢でコンプラドールにされた可能性、大なんです。大室寅之佑が明治天
皇になり、そして大正・昭和と続く過程で、色んなス キャンダルに巻き込まれ
ていきまして、そのスキャンダルをヨーロッパ、殊にユダヤを中心とする国際金
融マフィアが知り、天皇一族を操っている。こ れが第二次世界大戦の遠因に
なったと思うんです。

どうでしょうか。そういう面から歴史を見ると、私に電話をかけてきた秦さんや
ら、それから半藤一利さんの歴史観とはまるきり異なるわけです。で、 私はみ
なさんにお願いしたいのは、やはり日本を知るためには日本の暗い部分に目を向
けるべきではないか。それを直視しないから日本人はいつまで たっても、今も
そうですけど、アメリカ人に利用されてるじゃないかと。僕たちはそういうこと
を全部知ろうじゃないかと。知った上で堂々と外国の勢 力に立ち向って行くべ
き時が来たんじゃないでしょうか。

(No1終り)

(2)今日のトッピックス

①「共謀罪」法案が衆院で可決 "将来に禍根を残す"野党4党は反発

2017年05月23日 朝日新聞・ハフィントンポスト日本語版

http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/23/conspiracy_n_16762042.html?utm_hp_ref=japan

「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が5月23日午後、衆院本会議で採決され、自民・公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。。民進、共産など野党4党は採決に反対した。

与党は今国会の会期中(6月18日まで)の成立を視野に入れており、24日に参院で審議入りしたい考えだが、野党は反発。毎日新聞は「29日以降になることも想定される」と伝えている。

「共謀罪」法案は、組織的犯罪集団を対象に277の犯罪を計画し、資金調達などの準備行為を処罰する内容。

テロ組織や暴力団などの組織的犯罪集団が、ハイジャックや薬物の密輸入などの重大な犯罪を計画し、メンバーの誰かが資金や物品の手配、関係場所の下見など準備行為をした場合、計画した全員を処罰するとしている。朝日新聞デジタルは同法案について、「犯罪を実行に移した段階から処罰する日本の刑事法の原則を大きく変えるものだ」と解説している。

衆院本会議での討論で、自民党は「テロを含む組織犯罪を未然に防止し、これと戦うための国際協力を促進するための国際組織犯罪防止条約の締結は急務。法案の不安や懸念は払拭された」と、同法案の必要性を訴えた。

これに対し、法案に反対する民進党は「国連の特別報告者が人権への悪影響が懸念されると指摘するなど、『共謀罪』法案は悪法、欠陥法。可決することは将来に禍根を残す」と主張した。

政府は2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどを念頭にテロ対策を前面に打ち出し、国際組織犯罪防止(TOC)条約の締結には、法案の成立が必要だと訴えている。

朝日新聞デジタルによると、与党は今国会で性犯罪を厳罰化する刑法改正案の成立も目指しており、「共謀罪」法案の審議の遅れに備えて、国会会期の小幅延長を検討しているという。

②「共謀罪」書簡の国連特別報告者 日本政府の抗議に反論

2017年5月23日 朝刊

https://goo.gl/5eZKM6

ジョセフ・ケナタッチ氏=国連ホームページから

【ロンドン=小嶋麻友美】安倍晋三首相宛ての公開書簡で、「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案に懸念を表明した国連のプライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏は二十二日、菅義偉(すがよしひで)官房長官が同日の記者会見で抗議したと明らかにした日本政府の対応を「中身のないただの怒り」と批判し、プライバシーが侵害される恐れに配慮した措置を整える必要性をあらためて強調した。電子メールで本紙の取材に答えた。

ケナタッチ氏によると、「強い抗議」は十九日午後、国連人権高等弁務官事務所を訪れた在ジュネーブ日本政府代表部の職員が申し入れ、その後、約一ページ余りの文書を受け取った。しかし、内容は本質的な反論になっておらず「プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と指摘した。

抗議文で日本側が、国際組織犯罪防止条約の締結に法案が必要だと述べた点について、ケナタッチ氏は「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」と強く批判。法学者であるケナタッチ氏自身、日本のプライバシー権の性質や歴史について三十年にわたって研究を続けてきたとし、「日本政府はいったん立ち止まって熟考し、必要な保護措置を導入することで、世界に名だたる民主主義国家として行動する時だ」と訴えた。

ケナタッチ氏は日本政府に引き続き、法案の公式な英訳文とともに説明を求めている。菅官房長官は二十二日、ケナタッチ氏の書簡に「不適切だ」と反論していた。

◆与党きょう衆院採決方針

犯罪の合意を処罰する「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案を巡り、衆院議院運営委員会は二十二日の理事会で、衆院本会議を二十三日に開くことを佐藤勉委員長(自民党)の職権で決めた。与党は「共謀罪」法案を採決し、衆院を通過させる方針。二十四日の参院での審議入りを目指している。

与党が理事会で「共謀罪」法案の採決を提案したのに対し、民進、共産両党は、与党が衆院法務委員会で法案の採決を強行したことに反発して拒否。双方が折り合わず、佐藤氏が本会議開催を決めた。「共謀罪」法案を採決するかどうかは与野党の協議に委ねた。

法案を巡っては、安倍晋三首相(自民党総裁)が二十二日の党役員会で「今国会での確実な成立を目指す」と強調。高村正彦副総裁も「二十三日に間違いなく衆院通過させる」と話した。民進党の野田佳彦幹事長は記者会見で「審議は不十分だし、この間のやり方は極めて遺憾だ」と与党の国会運営を批判した。

与党は法案の成立を確実にするため、来月十八日までの今国会の会期延長も検討している。  

<国連特別報告者> 国連人権理事会から任命され、特定の国やテーマ別に人権侵害の状況を調査したり、監視したりする。子どもの人身売買や、表現の自由に関する人権状況などの報告者がいる。政府や組織などから独立した専門家で、調査結果は理事会に報告する。

③朝日は言論テロ FB投稿に首相が「いいね!」のおぞましさ

2017年5月23日 日刊ゲンダイ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/205916

共謀罪審議のさなか朝日新聞を“テロ認定”(フェイスブックから)

テロ対策を口実に共謀罪法案の成立をもくろむ政権のトップが、朝日新聞は“言論テロ組織”と認定したも同然だ。安倍首相が「朝日新聞の報道は言論テロ」との趣旨のフェイスブック(FB)投稿に、わざわざ「いいね!」と同意していた。

〈言論テロといっていいんじゃないか。およそ「報道」ではないし、狂ってる〉

川崎市在住の40代男性が、自身のFBにそう書き込んだのは19日午前3時すぎ。きっかけは、マンガ家の須賀原洋行氏のツイートだ。〈朝日新聞の姿勢は気味が悪いの一言に尽きる〉などと、加計学園問題を巡る「総理のご意向」文書の記事への批判投稿をリンクし、自分のコメントを重ねたものだ。

市井の人々が朝日の報道姿勢をどう思おうと勝手だが、一国の総理が数ある投稿から、自分を窮地に追い込む言論機関への批判投稿を見つけだし、「いいね!」と賛同するのは異常だ。しかも、この日は衆院法務委で共謀罪法案の採決を強行した当日。安倍首相本人がスマホ片手に「いいね!」を押して拡散したのなら、その光景を想像するだに不気味である。

「安倍首相は自分の立場や影響力を理解できないのでしょうか。時の政権にとって都合の悪い報道を『言論テロ』呼ばわりする投稿に対し、国のトップが支持する神経を疑います。今まさに共謀罪の恣意的運用が懸念されているのに、その懸念を国のトップが率先して増幅する。共謀罪の成立で危機に立つ『報道の自由』や『内心の自由』の重要性を考慮していないことを自ら告白したのと同じ。軽い冗談くらいに思っているのなら、空前絶後の驕慢です」(政治学者・五十嵐仁氏)

今年3月の国会で、加計疑惑に「私が働きかけて決めているなら、責任を取る」と大見えを切った手前、安倍首相は朝日の追及に相当カリカリしているようで、周囲に「森友といい、加計といい、(朝日は)攻め方がワンパターンなんだよ」と当たり散らしているという。

とはいえ、首相の「内心」を忖度して、いちいち気に障った報道機関をテロ組織に認定していたら、公安のお巡りさんも大変だ。むしろ、昭恵夫人も「男たちの悪巧み……?」とFBで認定した安倍首相と「腹心の友」との国政私物化の「共謀」の方を、しょっぴいたらどうか。


④英爆発テロ、男の自爆攻撃と警察 死者22人、子供も犠牲

2017年5月23日 共同通信・東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017052301001724.html

【マンチェスター共同】英中部マンチェスターのコンサート会場で22日夜に起きた爆発で、地元警察は23日、会場で起爆装置を持った男1人が死亡したと明らかにし、男による自爆だったとの見方を示した。爆発の死者は22人、負傷者は59人になった。若者に人気の米歌手アリアナ・グランデさんのコンサートで、子供も複数犠牲になった。

メイ首相は治安担当閣僚らを集めた緊急会合を開催。メイ氏は「凄惨なテロ」とみて捜査を進めているとの声明を出しており、警備が手薄で攻撃に弱い「ソフトターゲット」を狙った疑いがあるとして、実行犯の特定や背後関係の解明を急ぐ。

⑤浮上する6月解散説 安倍首相の狙いは森友&加計疑惑潰し

2017年5月23日 日刊ゲンダイ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/205862

選挙で勝利し疑惑もチャラに?(C)日刊ゲンダイ

6月解散―7月選挙となるのか。また「解散説」が浮上している。森友疑惑に続き、加計疑惑まで噴出した安倍首相が、すべてをリセットするため解散・総選挙に打って出るのではないか、という臆測が流れているのだ。意外なことに、自民党議員も「早く解散して欲しい」がホンネだという。

解散説が流れた直接のキッカケは、安倍首相が療養中の谷垣禎一前幹事長のお見舞いに行く、という話が流れたことだ。解散の意思を伝えるつもりなのではないかと、解説されている。

「頚髄損傷で療養している谷垣さんは、都内のリハビリ病院に入院中です。もし今、解散・総選挙が行われたら、動けない谷垣さんは出馬できないでしょう。引退せざるを得ない。ああ見えて安倍首相は、自分を支えてくれた谷垣さんに恩義を感じている。義理を通すために、解散する可能性のあることを直接、伝えるつもりなのではないかとみられています」(官邸事情通)

「解散説」は、政権が追い詰められるたびに浮上している。

森友疑惑が発覚した時も、安倍シンパの産経新聞が、1面トップで「4月衆院選」と大々的に報じている。今回も、加計疑惑が発覚したタイミングで、解散説が流れている。

■自民党議員も期待している

選挙で勝利してしまえば、疑惑もチャラにできるという発想なのだろう。実際、野党の選挙協力が整っていないこのタイミングなら、自民党は負けないとみられている。

森友疑惑の時と違うのは、自民党議員の中に、早い解散を期待する声が強まっていることだ。

「政府はこの国会中に、衆議院の小選挙区を6つ減らし、97選挙区で区割りを見直す“公職選挙法改正案”を成立させる方針です。でも、選挙区の区割りが変わることに、多くの議員が不満を募らせています。区割りの変更は“お国替え”と同じだからです。せっかくつくり上げた後援会組織が選挙区から外れ、パーになってしまう。もう一度、一から後援会組織をつくらなければならない。新しい区割りになるのは、周知期間が必要なため、公布の1カ月後。逆に言うと、この国会中に解散してしまえば、今の区割りで選挙となる。自民党議員の多くが、6月中の解散を期待しています」(自民党事情通)

しかし、解散すれば、安倍政権は改憲に必要な3分の2の議席を失う可能性がある。本当に6月解散―7月選挙に踏み切れるのか。安倍政権に審判を下せるなら、国民は大歓迎である。


(3)今日の重要情報

① 共謀罪強行採決もまだ希望はある!「共謀罪」強行採決もまだ希望はある!
参院審議入り見送りで会期延長、加計学園問題を追及し共謀罪も廃案へ

2017.05.23 Litera

http://lite-ra.com/2017/05/post-3182.html

本日、共謀罪法案が衆院本会議で「強行採決」された。先週の衆院法務委員会での採決も暴挙だったが、与党ならびに維新の会はきょうも、数々の共謀罪への問題点をただ聞き流して法案を押し通した。

たとえば、自民党・平口洋議員や、公明党・吉田宣弘議員の賛成討論では、イギリスで起こったテロ事件を取り上げ“テロ対策には共謀罪が必要”“共謀罪法案は国際組織犯罪防止条約の締結に不可欠”などと述べた。国連の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏からの書簡でも書かれていたように、共謀罪がテロ対策になっていないことはもはやあきらか。にもかかわらず、自民党はさっそくテロ事件を“利用”したのだ。

そもそも、野党は、ケナタッチ氏からの書簡などの問題を挙げ、法案を委員会に差し戻すことを要求していたという。当然の要求だろう。ケナタッチ氏は「国連人権理事会の特別報告者」として、〈いわゆる「共謀罪」法案は、その広範な適用範囲がゆえに、もし採決されて法律となれば、プライバシーに関わる諸権利と表現の自由の不当な制限につながる可能性がある〉と指摘。さらには、前述の通り、安倍首相はじめ与党は「国連で採択された国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の締結のためには共謀罪が必要」と主張してきたが、ケナタッチ氏は書簡のなかでこの点を以下のように“反論”している。

〈同法案は、国内法を「越境的組織犯罪に関する国連条約」に適合させ、テロとの戦いに努める国際社会を支える目的で提出されたという。だが、この追加立法の適切性と必要性について数々の疑問がある。
 政府は、この新法案によって捜査対象となるのが「テロ集団を含む組織的犯罪集団」との現実的関与が予期される犯罪に限定されると主張している。だが、何が「組織的犯罪集団」に当たるかの定義は漠然で、明白にテロ組織に限定されているわけではない〉

しかも、ケナタッチ氏は〈テロ及び組織犯罪とは明白に無関係な広範すぎる犯罪が含まれていることから、恣意的に適用される危険性〉にまで言及。〈法案成立のために立法過程や手順が拙速になっているとの指摘から、人権に有害な影響を与える可能性〉を懸念し、〈この極めて重要な問題について、より広い公共的議論が不当に制限されている〉と“警告”しているのである。

つまり、安倍首相が「国連条約締結のため」と言っている共謀罪を、国連の報告者は「テロ対策とは言えない」「恣意的に運用される危険がある」「議論がないがしろにされている」とダメ出しを行っているのだ。


本末転倒!「強行採決によってTOC条約締結が難しくなった」という指摘も

本末転倒!「強行採決によってTOC条約締結が難しくなった」という指摘も

 くわえて重要なのは、京都大学の高山佳奈子教授による解説だ。高山教授は「これは大変な書簡」とし、「このまま与党が強行採決すると、今回の国際組織犯罪防止条約への日本の参加がスムーズにいかなくなる心配が出てきた」(BS-TBS『週刊報道LIFE』5月21日放送)と指摘しているのである。これでは本末転倒ではないか。

 だが、菅義偉官房長官はこの書簡を「一方的」「書簡の内容は明らかに不適切」などと批判。ケナタッチ氏からは質問点が4つ出されているが、それに答えるどころか、外務省に「強く抗議」までさせている。そして、〈立法過程や手順が拙速〉という国連から受けていた指摘を無視して、きょう、安倍政権は予定通り強行採決を行ったのである。

このような姿勢は、国連をはじめ海外に「日本は人権侵害国家」と自ら喧伝しているようなものだが、安倍政権は国連の警告など耳には入っていない。

安倍政権は国連からの指摘が表沙汰になってからも“きょうの衆院通過、明日の参院入り”を強調してきた。加計学園問題の国会追及をできる限り抑え込みたいという意図があったためだ。明日に共謀罪法案が参院入りしなければ今国会の会期延長の必要が出てくるが、会期が延びれば、それだけ加計学園・森友学園問題の追及時間は増す。どうしてもそれを避けたかったのだ。

しかし、野党の踏ん張りで共謀罪法案の明日の参院の審議入りは見送られ、26日からの安倍首相の外遊帰国後に行われることになった。これによって会期延長にもち込める可能性が高くなった。つまり、共謀罪の危険性を広め、加計学園問題をさらに追及することができるのだ。

自らの政治の私物化への追及を恐れて、国連からの厳しい指摘も黙殺し重要法案を強行採決する。こんな自分本位な政治が許されるわけがない。だが、ギリギリではあるが、まだ時間はある。参院で、必ず共謀罪を廃案にもち込まなくてはならない。

(編集部)

(4)今日の注目情報

①共謀罪成立でこんな言論弾圧が…一枚の集合写真で出版関係者や研究者ら60人が検挙された横浜事件の恐怖

2017.05.22 Litera

http://lite-ra.com/2017/05/post-3177.html

『日本ファシズムの言論弾圧抄史 横浜事件・冬の時代の出版弾圧』(高文研)

「共謀罪」、組織的犯罪処罰法改正案が23日の衆院通過を目指し強引な国会運営を続けており、いつものようにお得意の強行採決へもっていくつもりなのだろうが、断固として抗議の声をあげなくてはならない。

捜査当局によって濫用される恐れがあり、表現や思想に関する自由を著しく侵害する可能性の高い「共謀罪」は、その類似性から「平成の治安維持法」とも呼び称せられているが、5月15日付朝日新聞デジタルのなかでジャーナリストの青木理氏は「共謀罪」の抱える問題点についてこのように答えている。

「警察は全国津々浦々に30万人の人員を配置し最強の情報力を持った強大な実力組織だ。仮に秘密法や共謀罪のような武器を与えるなら、何かあったときに暴走しない仕組みをきちんと作るのが政治の役目だ。警察という実力装置の怖さに政治が無自覚であるということは、政治の劣化だ。

共謀罪を導入しても、テロが起きる可能性はある。そのときが怖い。社会がファナチック(狂信的)になり、メディアや社会も一緒になって「もっと捕まえろ」「もっと取り締まれ」と暴走するのではないか。オウム事件を取材していた時を思い出す。警察はあらゆる法令を駆使して信者を根こそぎ捕まえた。当時、幹部が「非常時だから、国民の皆様も納得してくれる」と話していた。

公安警察的な捜査対象が際限なく広がる。誰だって安心して暮らしたいが、日本人1億数千万人を24時間徹底的に監視すればいいのか。安全安心を究極的に追い求めれば、自由やプライバシーは死滅する。果たしてそれでいいのだろうか」

法律の恣意的な解釈により警察権力の暴走を許し、その結果、国民に対しての度を超した監視が横行する。また、政権に対して異議申し立てをする者は、ただそれだけで犯罪者として扱われる──現在、「共謀罪」に対してもたれているこのような危惧は絵空事などではない。なぜなら、治安維持法が存在した時代に事実として起こったものだからだ。

先日当サイトでは、小林多喜二の本格的なデビュー小説『一九二八年三月十五日』を紹介した(リンクhttp://lite-ra.com/2017/04/post-3053.html)。小林は、1928年3月15日に日本共産党関係者など1000人以上が治安維持法で一斉に検挙された「三・一五事件」をこの小説で取り上げた。この事件では、逮捕者に対して特高警察が凄惨な拷問を加えており、小林はその恐ろしさを伝えるためにこの小説を執筆する。しかし結果的に、この小説を書いたことが特高の怒りを買い、1933年2月20日、治安維持法で逮捕された取り調べ中の拷問により小林は29歳の若さでこの世を去ることになる。

小林多喜二が、どんな死に方をしたか知っているか!」

 そんな治安維持法によって引き起こされた、日本史上最大の言論・出版弾圧事件として知られるのが、1942年から45年の間、研究者や出版関係者ら約60人が治安維持法で続々と逮捕され、凄惨な拷問により4人が獄中死した「横浜事件」である。これにより、「改造」、「中央公論」といった雑誌が廃刊となった。そんな監獄で取り調べ中に頻出した言葉がこれだったという。

「小林多喜二が、どんな死に方をしたか知っているか!」

この「横浜事件」を振り返ると、治安維持法によりいかに警察権力が暴走したのかを知ることができる。そして、それは単なる過去の出来事だと看過していい問題ではない。これは「共謀罪」が成立した後のこの国で確実に起きることの未来予測でもあるのである。

「共謀罪」に関しては、つい先日も「メールやLINEなども捜査の対象となるのか?」といった質問が国会で飛び、金田勝年法務大臣の答弁はいつものように迷走。要領を得ない答弁で審議は紛糾したが、「横浜事件」の逮捕理由は恐ろしいものだった。なんと、「集合写真で一緒に写っている」というだけで逮捕されたのである。

「横浜事件」は複数の事件が合体したものだが、そのうちのひとつ「泊事件」がそれに該当する。

事件はまず、1942年に出版された「改造」8・9月号に掲載された、細川嘉六氏の論文「世界史の動向と日本」を問題視され、細川氏が摘発されるところから始まる。その捜査の過程で1枚の集合写真が見つかった。そこには「改造」の編集者や中央公論社の社員らが細川氏と一緒に写っていた。これを見つけた神奈川県特高課員は、その写真1枚をとって反社会的な会議が開かれた証拠だと強引に断定。その写真に写っていた人物を芋づる式に逮捕していった。

しかし、その写真は、原稿料が入った細川氏が、彼の郷里である富山県泊市の料亭に日頃からお世話になっている人たちを呼んで開いた単なる宴席の集合写真であり、治安維持法で取り締まりが入るような会議や決起のための集会などではなかった。

仮に、もし反国家的な集会だったとしたらわざわざそんな証拠写真など残さないというのはすぐ想像がつきそうなものだが、警察側はこの宴会をあくまで問題のあるものだと断定し続け、捜査途中にはその集合写真が「日本共産党再建準備会」のものとなっていたという。

横浜事件で逮捕された者が受けた拷問

 ただ、事実はそうでない以上、逮捕された者たちは当然否定する。では、警察はどうするか? その答えは簡単だ。力で首を縦に振らせたのである。そこで登場したのが「小林多喜二が、どんな死に方をしたか知っているか!」という言葉だった。

 この一連の事件で逮捕された中央公論社の畑中繁雄氏は『日本ファシズムの言論弾圧抄史
横浜事件・冬の時代の出版弾圧』(高文研)のなかで、自身が受けた拷問についてこのように記している。

〈「やい、いつまで白をきってやがるんだ。なぜ、私は共産主義運動をいたしましたって言わねえのかよ。なげえあいだ害毒を流してきやがったくせに……」
 私には、なんのことだか見当さえつかなかった。いらだつ気もちは急に腹だちに変わっていった。

「それは、いったいどういう意味ですか」

 つとめて冷静に問いかえそうとした、私のその反問はてもなく無視されて、森川(引用者注:神奈川県特高警察の森川清造警部補)の怒声がはねかえってきた。

「なにをこの野郎、太え奴だ。れっきとした共産主義者のくせしやがって!」〉

警察がでっちあげた青写真通りに供述しない畑中氏。そしていよいよ暴力の行使が始まる。

〈瞬間、かれの腕が伸びて、私は頭髪をひっつかまれた。態度を豹変した森川は、ぐいぐい私の頭髪をひっぱって、畳の上にねじ伏せ、頭を自分の膝の間に押しいれるようにした。前のめりに倒された私の両腕は、屈強な二人の刑事によって後ろ手にねじりあげられ、両頬に力まかせの平手打ちがくりかえされた……。「共産主義運動をしたってことを、一言でも否認してみやぁがれ、どうなるか思い知らせてやってもいいんだぜ」

「やい畑中! 手前は小林多喜二がどんな死に方をしたか知っているか」「俺たちはな、共産主義者のアバラの一本や二本は、みんなへし折ってるんだ。検事局でもな、共産主義者は殺してもいいってことになっているんだ」「みんな血を吐きゃあがってから、申しわけありませんとぬかしゃあがるんだが、そのときはもう遅いんだ……」──こうしたテロと怒号のうちに、やがて脳髄に沁みいるような疼痛と、朝からの疲労で、身も神経もさすがに弱りかけたとき、膝もとに一片の紙きれをつきつけられ、私はひき起こされて、一人の男に後ろからはがい締めされたようなかっこうになった。と、私の右手は他の刑事によって鷲づかみにされ、私は有無をいわず拇印をとられた。うつろなものになっていた私の目にも、紙片の上に「私は共産主義の運動をいたしました」という、文字が読みとられたのである〉

「共謀罪」でも治安維持法でも恐ろしいのは公権力の忖度体質

「共産主義者は殺してもいいってことになっているんだ」の脅し文句はハッタリなどではなかった。前述のように、なかには死にいたるまで暴行された者もおり、嘘っぱちの容疑を押しつけるための取り調べは苛烈を極めた。そうこうしているうちに日本は終戦を迎える。国中が大混乱に陥るなか、捕まった者たちは次々にやっつけ裁判にかけられ釈放されていく。

ただ、ひどい話はこれだけでは終わらない。連合国側による戦犯追及の動きを警戒した国は終戦直後のどさくさにまぎれて都合の悪い書類を焼却処分してしまったのだ。「横浜事件」は再審請求がなされ、それはいまでも続いているが、このときに資料が隠匿されてしまったことは再審にあたり大きな障害となった。

それにしても、なぜこんな事件が起こったのか? それは、治安維持法という悪法が、警察権力の恣意的な解釈による暴走を許す装置であり、それを見事に利用されたということに他ならない。

また、特高警察が暴走にいたったのは、「反社会的な動きを未然に防ぎたい」といった正義感ばかりが理由ではない。むしろ、彼らの脳裏にあったのは、自分たちの点数稼ぎであり、出世欲である。思想犯を大量に検挙すれば、上の人間からの覚えがめでたくなる。だからこそ、自分たちが強引に描いた青写真通りの供述をするよう被疑者たちに強制する。そのために暴力を用いてでも。これは、正義感からの行動よりも、余計にたちが悪い。畑中氏は前掲書のなかでこのようにまとめている。

〈おそらくは、事件は虚偽の事実にもとづいていることに、当時だれよりもいちばんにはやく気づいたのは、ほかならぬかれら自身であったとおもわれる。それだけにかれらの罪はいっそう許しがたいことになる。それをそうと知りながら、なおかれらをこの背徳に駆りたてたものは、そういう人たちの低劣にしてなおかつ性急な出世欲であり、またそれゆえの、戦時政策への狂信的なまでのかれらの迎合心理にほかならなかった、とでも憶測するほかない。いずれにしても、そういう人たちのあえてした背徳行為は、もはやたんなる不作為的過失ではなく、もっとも悪らつな計画的犯罪行為であったといえよう〉
〈えてして戦前の特高本能がそうであったように、治安維持法の濫用による事件のむりやりな拡大とともに、なお殊勲甲へのかれらのあくなき妄執がやがて、かれらに虚像の青写真をつくらせ、いよいよもってふくれあがっていく青写真のすばらしさは、かれら自身を有頂天にさせ、かれら自身をなおそれに陶酔せしめた。しかもできあがった構図はまさに、戦争指導者らの弾圧政策に絶好の口実を提供するものであり、政争の具としても十分適用しうる可能性をもっていた。だからこそ地方警察吏にすぎなかったかれらも、ついに政府筋要人たちと直接繋がりをもちうる糸口をつかみえたことにもなろう〉

「共謀罪」成立は安倍晋三“独裁”政権の誕生を意味する

私たちはつい先日、森友学園をめぐる問題を通して、官僚たちの忖度体質がいったい何を引き起こすのかを見てきたばかりだ。結局、森友学園の問題は何一つとして真実がわからぬまま有耶無耶にされようとしているが、その忖度体質が警察権力という暴力装置に当てはめられた場合どんな悲劇が起こるかということが、「横浜事件」という歴史的事実が伝えるものである。

それを理解すると、なぜ安倍政権やこれを支持する人々が「テロを防ぐためにはこの法律が必要」だの「この法律がなければ東京オリンピックは開けない」などという嘘っぱちを並べてまで「共謀罪」を強引に押し通そうとしているのかという理由が見えてくる。

「共謀罪」の施行。それは、警察という最高の暴力装置を手中にし、安倍晋三“独裁”政権がついに完成する瞬間を意味するのである。

(編集部)


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情報発信者 山崎康彦
メール:yampr7@mx3.alpha-web.ne.jp
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